半乾燥地・乾燥地の水利技術に関する国際協力

矢部勝彦

生物資源管理学科

まえがき

世界の人口は約60億人に達しようとし、なお増加し続けている。一方、これらの人口を養うための食糧確保のための耕地面積や一人当たりの淡水資源は減少が顕著になっている。すなわち、これら耕地面積の減少に加えて多くの国で河川はもちろん滞水層からの持続可能な産出量を超える水を要求し、世界の大河川の水を干上がらせて海に届かない状況をも発生させ、また地下水位低下を著しい勢いで進展させている。そして安定した食糧確保のための農業用水と安定した生活用水を提供するのに必要なレベルは低下し、グローバルに沙漠化が進んでいる。この傾向は先進国を含めて半乾燥地・乾燥地が存在する開発途上国では特に著しい。

そこで、このような状況に直面して、まだ危険度の低い国に住んでいる我々にどのような国際協力が可能か、水資源管理・保全に関する水利技術の観点から考察を試みる。

1.国際協力における技術協力とは

国際協力は主に経済的基盤の弱い開発途上国が対象となるが、それぞれの国情に応じて多種多様な分野・レベルの協力が必要とされている。なかでも、技術協力の受け持つ領域は途上国の国づくりの基礎となる「人づくり」を目的とする人材育成といえよう。また、一口に技術協力と言っても基礎生活分野から高度な先端技術分野にわたる。そうした広範な分野で我々の技術やノウハウを相手国の指導的役割を担う人々に伝え、その国の発展に寄与することを期待することである。一方、技術協力は所得水準の比較的高い資金協力の一般的対象とならない国などを含めて行われている。そして、国レベルの技術協力の基本形態は研修員の受入れ、専門家の派遣、機材供与である。我々研究者が関与できる協力は、研修員の受入れ・指導、専門家として出向・現地指導、必要機材の提案が主となる。しかしながら、技術協力を受ける相手国はさまざまである。本報告に関連して述べると、半乾燥地・乾燥地における水利技術に関して伝統的な水利技術を保持している国、保持していてもさまざまなレベルの国が存在する。したがって、技術協力が求められている場合、どのレベルまでの協力を相手国が期待しているかは十分に知っておく必要がある。これに対して、日本には半乾燥地・乾燥地が存在していないのでそれらの国へ出かけた場合、技術協力を受ける相手国の人々を説得できる技術とノウハウを所有していることが当然のことながら求められる。しかし、半乾燥地・乾燥地に出かけてよく耳にすることであるが、「先進国の技術をそのまま紹介される」、「他の国で見てきた技術をそのまま紹介される」という話がある。筆者は、現地に出かける前の準備をもちろんしているが、現地での実態把握を初めに行い、そして現地に最適な技術協力は何かを考えることにしている。たとえば、伝統的な水利技術が存在すれば、その技術の科学的裏づけを考え、そしてもちろん他の半乾燥地・乾燥地で経験したことや先進国の技術なども考慮に入れ、それらを生かした相手国に納得してもらえる最適な方法が存在しないかどうかを模索することにしている。

以下、半乾燥地・乾燥地の分類から始め、伝統的水利技術の紹介、体験を整理することにする。

2.半乾燥地・乾燥地とは

まず、半乾燥地・乾燥地とはどのように定義されているか探ることにする。現在広く用いられているメイグスにより乾燥地域を気温と降雨期間を加味して極乾燥地、乾燥地、半乾燥地の三つに分類された。そして、植物を対象にして言えば、まったく植物が育たない地域を「極乾燥地」、季節的に育つが樹木が育たない地域を「乾燥地」、草や背丈の低い樹木のみが育つ地域を「半乾燥地」と呼んでいる。

気象・気候学的には、平年降水量が100mm以下でしかも1年中無降雨が続くこともあって降雨の周期性がない地域を「極乾燥地」、平年降水量より可能蒸発散量が非常に多くて平年降水量が100〜250mmの地域を「乾燥地」、年間降水量より可能蒸発散量(十分な水と草が存在して蒸発散が連続的に起きているとみなしたときの蒸発散量に相当)が多くて平年降水量が250〜500mmの地域を「半乾燥地」と呼んでいる。しかし、半乾燥地と乾燥地、乾燥地と極乾燥地は相互に接しているので明確に境界を設定することが困難である。一方、乾燥した地域を全て沙漠と考える人もいるが、厳密には乾燥した地域が全て沙漠ではなく、「ほぼ恒常的に乾燥した状態にあり、植生が極めて乏しいかあるいは欠如している地域」と定義されるようである。世界のメイグスの分類による乾燥地域の分布を図1に示す。


図1.メイグスによる乾燥地域の分布

3.半乾燥地・乾燥地における伝統的水利技術

半乾燥地・乾燥地における伝統的水利技術は如何に水資源を確保し、それをどのように利用するかの技術であるから、降雨がまったくないところでは成立しない。ここで紹介する伝統的水利技術は農耕地に近いところから農耕地へ引水され、利用され植物(主に食用作物)を育てるとともに土壌環境保全にも有効な技術を意味する。この伝統的水利技術は、水源、地形、規模など種々の構成要素の形態から分類される。ここでは、地形的要素に基づく分類法に従って紹介する。


(1)小集水域システム:流出水が発生する集水域から利用する耕作域までの流出距離が比較的短い水利システムである。水盤法、等高線畦畔・溝法、ランオフ・ファーミング法、マイクロキャッチメント法などがある。


■水盤法:植物を植えた周りに円形状の堤を築き、植物と堤の間の空間に集水した水を一時的に湛水・利用する方法である(図2参照)。したがって、耕作域は植栽部分だけである。

図2.水盤法


■等高線畦畔・溝法:等高線状に水路のような溝・畦畔をつくり、上位側の流出を集水し、畦畔と畦畔の間の斜面を耕作域として利用する方法である(図3、4参照)。したがって、耕作域は曲線的に構成される。

図3.等高線畦畔・溝法


図4.等高線畦畔


■ランオフ・ファーミング法:斜面の一部を平坦にし、下位側に堤を造り、上位側からの流出水を集水・浸透させる。平坦部分の土地を耕作域、斜面を集水域として利用する方法である(図4参照)。したがって、耕作域は幅の狭い、斜面に沿った細長い土地となる。

図4.ランオフ・ファーミング


■マイクロキャッチメント法:小面積の耕作域 の植物が生育に必要な水量を引水・利用する方法である(図5、6参照)。耕作域と集水域面積の関係は降水量と栽培植物の必要水量により決まる。かりに、降水量が100mm、必要水量が600mmであれば、耕作域と集水域の面積比率は1:6となる。極端に降水量が少なくて20mmの例ではその面積比率が1:30、逆に面積比率が1.0:0.7になる場合もありうる。また、直径10〜30cm、深さ5〜15cmの穴を掘り、この穴に引水して有機物と種子を入れて栽培することも行われている。この場合の耕作域と集水域の面積比率は1:3程度である(図7参照)。


図5.マイクロキャッチメント

図6.メスカットシステム

図7.ブルキナファソのザイ



(2)中・大集水(リーマン)システム:耕地の周囲に石または土の堰(等高線方向に半透水性の石積みまたは土の堰)を設けてワジからの流出水を保持する方法である(図8参照)。類似の方法として、台形や半円形の畦畔状の堤を造り、この内側を耕作域とする(図9,10参照)。

図8.バンクエット

図9.台形状堤システム

図10.半円形状堤システム



(3)ワジシステム:流出水を河道内に保持し、ワジの河床に貯水させるためにワジを横断する高さの低いダムを造り、一時的に湛水させ、水が引いたときに作物を栽培する方法である。堰き止める材料は石材で、一段が約0.5〜1.0mであり、これを数段〜数十段の石積してテラス部を湛水させ(0.5〜1.5m程度)、水が引いた後池敷きで耕作する方法である(図11参照)。灌漑効率は悪いが、地下水の涵養、泥土中の養分補給には効果がある。

図11.カディーンシステム


(4)流迂回(ウォーターダイバージョン)システム:普段は水のないワジに低い堰を設け、洪水期にワジから取水して耕作域に導き利用する方法(図12参照)で、耕作域がワジに隣接していない場合は集水路や導水へ期で結ぶ方法である(図13参照)。

図12.ワジに隣接したウォーダイバージョン

図13.集水路利用のウォーダイバージョン



(5)その他:遠くの山麓扇状地における斜面下の土砂や礫の堆積層に貯留されている塩分の少ない冷たい地下水を長さ数km〜数十kmにわたる地下水路により耕地あるいは集落まで導水・利用される方法があり、この地下水路のトンネルをカナート呼んでいる(国よっては、カレーズ、カンアルチン、フォラガなどと呼ぶ)。カナートの水は主に灌漑用水とするが、生活用水や畜産用水としても利用されている。また、山地傾斜面に穴を掘り(ランオフ・ファーミングの平坦部分が穴に相当)、雨期に集水・貯留させ、樹木植栽や生育のための水資源とするマイクロキャッチメントの変形もある。

4.水資源確保とその利用について

これまでに海外へ技術協力のための専門家として出かけたケースの紹介を行うことにする。一度目は、トルコ共和国の地中海に面した東部アダナ県である。ここでは「半乾燥地域農業開発地実証調査」が立ち上がったばかりであった。ここでの目的は半乾燥地農業開発のための灌漑技術開発であった。現地には実証試験地が造られていた。そこでは普通畑作、野菜栽培、果樹栽培の専門家がそれぞれ半乾燥地に農業に関する実証試験を行っていた。試験圃場の土壌は粘土質壌土で透水性が悪い傾向(測定結果では10-5〜10-4cm/s)にあった。そのよう条件下の圃場において各栽培作物に対する水管理をどのように行うかを決めることが仕事であった。そこで、現地の水管理方法や派遣されている各専門家の考えを聞くとともに事前調査結果の検討を行い、1回の灌水量と間断日数の組み合わせ試験を提案した。その結果、予測どおり事前調査結果報告書の計画が適正でないことを明らかにすることができ、技術移転可能な新しい現地に適正なより節水的な水管理のあり方を提案できたと思っている(試験終了後にそのような報告を受けた)。その理由は、計画が現地の実態を十分に把握して作られていなかったこと、独自の技術開発を目指していなかったからであろう。

二度目はブラジル連邦共和国東北部リオ・グランデ・ド・ノルテ州である。技術協力の課題は「砂丘保護、半乾燥地帯沙漠防止」のプロジェクトであり、これに林学の専門家と筆者が参加した。ここでの目的は海岸地帯の砂丘保護と内陸部に約300km入った半乾燥地の禿山の砂漠化防止に関する水利技術開発であった。砂丘保護に関しては海岸地帯であるため年間降水量が約1,500mmあり、水資源は十分確保でき、水利技術開発というより砂丘の内陸部への進行防止による保護をどのようにするかであった。これに関しては日本における鳥取砂丘保護技術を応用することが可能であり、実際に応用することにより効果をあげることができた。一方、内陸部山岳地帯の半乾燥地では年間降水量が約350mmであり、植生を回復するための沙漠化防止対策では如何に水資源確保を確保・利用の仕方が課題となった。これに対しては、伝統的水利技術であるマイクロキャッチメント方式の変形を適用して雨期に降雨を集め、そこに樹木を植栽する方式と節水的灌漑法であるドリップ灌漑法を適用することにした。灌漑用の水源は雨期に流出・集水される谷部の地下水に求めた。そして、プロジェクトは2年間実施されたが、その後は継続されなかったので成果を得るまでに至らなかったと聞いており、非常に残念に思っている。

三度目はブラジル連邦共和国東北部リオ・グランデ・ド・ノルテ州である。技術協力の課題は「東北部半乾燥地の荒廃地再生技術開発」のプロジェクトであり、畜産学、林学、林産工学の専門家と筆者が参加した。ここは内陸部へ数十km入ったところから展開する丘陵地のカアチンガと呼ばれる荒廃地で年間降水量が約480mmの半乾燥地である。この丘陵地域は平坦地が少なく、起伏に富んでいるため、窪地は自然にできた大小さまざまな「水溜り」、一種の「ため池」が形成されていた。一方、ここでの目的は荒廃地の樹林地と草地植生の再生に関する土壌改善および水利技術協力であった。このような荒廃地再生に対して水資源確保として、低位部では高位部に形成される貯水池の水を効率的に利用した植生の再生を、高位部ではマイクロキャッチメント方式の変形を利用した植生の再生を図ることが可能であると考えた。一方、この荒廃地には家畜が放牧されているので、これを植生再生期間中どのように対処するかが課題となる。そこで、草地植生の再生に当たり、試験地(約9ha)内には家畜が侵入しないように防護柵を張り巡らせることにした。しかし、草地に植栽する植物として牧草を導入し、これを飼料として確保して放牧の代償とすることにした。この技術開発試験は今年度に始まったばかりであり、まだ成果は得られていないが、技術協力を受ける側の人々に注目されている。筆者はこの半乾燥地の荒廃地再生技術開発が成功することを祈っている。

あとがき

一口に技術協力と言っても、その内容は多種多様である。筆者が参加した技術協力は水利技術の開発・移転、ノウハウ移転を主としたものである。最初に参加したプロジェクトは7年にわたり行われ、ある程度の成果が得られた。しかし、二度目のプロジェクトはミニプロと呼ばれるもので3年間、実施期間が2年間と短期であった。その結果、成果を見ることができず終了したので残念に思っている。三度目のプロジェクトは現在2年目が進行中であり、目的達成が可能な5年前後の期間が予定されていると聞いている。

これら3回の技術協力に参加して、試験実施期間が短いと成果を挙げることが難しく、少なくとも5年前後は必要と感じている。一方、技術開発・移転に関する実証試験を行うに当たっては受入国諸機関の強力な協力無しには物事が進まないことを体験することができた。また、実証試験を遂行するに当たり測定・分析機器はあるものの整備がなされていないため使用できず、基礎的データの収集に困難を伴うことがよくあった。そのためできる限り原始的であるが、人的資源を利用したデータ収集も行った。したがって、最先端技術を用いた機材の供与はもちろん、これを利用、維持・管理をするための技術の移転を行っておくことが要と感じられた。

上述したように短期間の海外協力ではあるにしても技術開発・移転が可能になることを要請されているが、達成することは非常に難しい。現地に常時滞在して国際協力のための技術開発・移転、ノウハウ移転などを行うプロジェクト参加しても、簡単ではないと考えている。


引用文献:

D.Hillel(1980):Aplications of Soil Physics, Infiltration and Surface Runoff、Academic Press、pp5-49

地球環境工学ハンドブック編集委員会編(1993):砂漠化問題、地球環境工学ハンドブック、オーム社、pp761-794

新保義剛(1995):乾燥地農業におけるウォーター・ハーベスティングの展開、農土学誌63(4)、pp1-6

安部征雄他編著(1996):沙漠物語、森北出版、pp43-82

丸山利輔他(1998):乾燥地と湿潤地の水利環境、水利環境工学、朝倉書店、pp28-42

北村義信(1997):世界の水資源問題と国際協力、水文・水資源ハンドブック、朝倉書店、pp585-602

遠藤勲他編著(1998):沙漠工学、森北出版、pp64-157