琵琶湖以外の水圏はどうなっているのか?

〜長期在外研修・長期出張による研究〜

丸尾雅啓

環境生態学科

2003年6〜11月まで約半年間滋賀県立大学在外研修(長期)に採用していただき、カナダ・ブリティッシュコロンビア大学(UBC)理学部・地球海洋科学科 Kristin J. Orians 助教授の研究室で、水中に存在する金属の形態別分析(海水・湖水の金属スペシエーション)について研究させていただきました。

1.金属のスペシエーション

地球化学、分析化学的分野におけるスペシエーションとは、一般に生態学で用いられる「種分化」とは違って、「ある元素における化学的形態の分化」を指します。具体的には「ある元素が環境中に存在する化学的形態または各化学種の存在する比率」、「ある元素が環境中に存在する化学的形態別分析」をいう場合がほとんどです。鉄、銅、亜鉛などは生理活性をもち微量栄養素に属する金属元素です。これらの金属イオンの存在状態として、高等学校化学の教科書では水和イオンの形態が紹介されていますが、水環境中において水和イオンで存在することはまれで、ほとんどが何らかの分子、イオンと結合(錯体)しています。銅を例に取ると、海水中では、炭酸イオンや水酸化物イオンと結合していて、銅のイオンとして存在するのはほんの5%程度です。琵琶湖のような淡水中でも、一部は無機イオンと結合していると考えるのが自然です。しかし無機イオン以上に影響を与えるのが有機物の存在です。有機化合物の中にはこれらの金属をほとんど結合させ、これによって本来よりも高濃度で金属が水中に存在できるようになっていることがあります。逆にその強い結合があるために、生物が金属を利用できなくなることすらあります。

海水中の微量金属として、近年最も注目されてきたのは鉄であることは疑いがありません。植物プランクトンの必須栄養素として、特に赤道付近や南極海のようないわゆるHNLC海域( High Nutrient Low Chlorophyll )では成長抑制因子となっています。Nature誌にも頻繁に登場したように、このような海域に適当な形態で鉄を散布すると、クロルフィル濃度の増加が見られます。人によってはこれによって新たな漁場の形成を、といいます。あるいは一次生産を活発にして大気中二酸化炭素を吸収させ、地球温暖化にブレーキをかけようという話をされます。地球環境を考えるうえで、重要な話ではありますが、これらはそれによっておきうる気象、ひいては海流の変化などの危険をはらんでいます。地球環境を考えるうえで重要な鍵を鉄は握っているのかもしれませんが、地球を人間の手でどうこうしようというのは、夢がある一方で多くの危険をはらんでいるように思えます。

話を元に戻しますが、鉄は水に非常に溶けにくいので不足がちになりやすく、土壌中のバクテリアなどは鉄と結合するシデロフォアといわれる有機化合物群を生産し、鉄を捕まえて使用しているといわれています。海洋でも有機物との結合が議論されており、研究の結果海水中には微量ながら鉄と強く結合する有機化合物が存在することが確実となってきています。微量に溶けている金属の形態は、共存しているさまざまな物質に影響を受け、その濃度や挙動は現在の環境問題にも影響を与えかねません。今回私の研究課題とした銅はこのような問題に直結するとは思えません。この点では非常に地味ですが、有機錯体に関する研究が最も行われてきた元素です。理由の一つは、銅は植物プランクトンにとって必須元素であり、かつ第三周期の遷移金属のうちで最も安定な有機錯体を形成すること。もう一つは鉄にくらべて試料採取、分析時に起きる試料汚染の影響が少なく、1970年代の終わりごろという早い時期に正確な濃度が求められていたことによります。鉄の研究は、海洋での鉄濃度が正確に求められはじめる1990年初頭からです。スペシエーション手法の多くは、銅についてはじめて適用されたものがほとんどです。

実際の海洋で銅が不足するような報告はありませんが、培養実験からは、クロレラなどの淡水性植物プランクトンにとって、フリー銅イオン [Cu2+] としての濃度が10-16mol/lより高いことが必要であるという結果が得られています1)。また、10-13mol/l以下で、渦鞭毛藻の成長抑制が報告されています2)。これとは逆に、10-11mol/l以上になると、多くの海洋性植物プランクトンに対し毒性を発現し増殖を抑えることがわかっています3,4)。外洋における溶存銅の濃度は1×10-9mol/l前後なので、すべての銅がフリー銅イオンで存在すると、植物プランクトンの増殖は、銅の存在により抑制されることになります。実際には有機錯体の形成により、フリー銅イオン濃度は極低く抑えられていることがほとんどですが5)、Sargasso Seaでは表層の有機配位子濃度が光分解により低下し、フリー銅イオン濃度が上昇する事例が報告されています。また、ここでは、ラン藻類のSynechococcusが、銅と強力に結合する有機配位子を細胞外に放出することが培養実験により確認されています6,7)。また、Prochlolococcusは銅への耐性がないためにフリー銅イオン濃度の高い水深には生息することができず両種の鉛直分布が逆になることが観察されています8)。どちらが原因で結果であるにしても、海洋におけるフリー銅イオンの濃度は、生物の生産する有機配位子によって著しく低濃度に抑えられていることがほとんどであると同時に、有機物が失われれば、たちまち毒性となりうるだけの銅が溶けていることは確かです。

さて、琵琶湖と集水域における微量元素の挙動ですが、海洋とは(といっても、外洋の鉄についてもこの十数年にようやくその濃度があきらかになったばかりで、海洋全体の鉄の濃度分布は未だにわかっていません)かなり異なることが予想できます。琵琶湖水の平均滞留時間が5〜7年程度であり、海水の大循環のように2000年近くもかかっておきる化学反応は、琵琶湖では検出できないためです。一方で海洋に比べて高い生産性や、水温躍層の発達が、短時間におこる生物、化学的変化を明瞭に示してくれることは確かです。銅についてはこの何年間でデータを蓄積した結果、少なくとも水温躍層の形成される時期、表水層と深水層では2倍近く濃度が異なること、全層循環すると、夏季の深水層の濃度に全て収束する、つまり水に溶けている銅はどこかに失われることになります。また、溶けている銅の濃度は平均して10-8mol/l程度であることがわかりました。が、これはそのままだと植物プランクトンにとっては厳しい環境と考えられます。しかし琵琶湖で、銅の毒性が問題になったことはありません。多くの湖と同様、琵琶湖の銅はほとんどが有機物と結合しているために毒性が抑えられていると考えています。それを支持する結果も得られています。つぎに有機物の構造、形態、由来はどうなっているのかが気になりますが、これについて今後の研究が待たれています。

2.銅スペシエーションの手法9)

海水中に有機物と結合した銅があることはかなり前から知られており、合成樹脂や、C18カートリッジ(疎水性の成分を保持します)へ捕集される銅、や有機溶媒に抽出される銅を、有機態として扱ってきました。C18の結果から、有機態銅は全体の10〜40%ほどをしめ、海域や水深によって比率が異なることも示されています。しかしこれらの方法では、有機物の性質に関する情報が得られませんし、水によくとける親水性の有機配位子は捕集できません。捕集することで濃度が変化し、化学平衡が大きくずれるため、実際の海水中で起こっている現象から離れた結果を得る可能性もあります。イオン選択性電極は、溶液の平衡をずらすことなく測定可能であるため、有用な手段であると考えられるが、一般には検出感度的に電気化学的手法のほうが有利である。電気化学的分析法として用いるストリッピング法は、滴下水銀電極表面に目的元素あるいはその化合物を濃縮して感度を上げる方法であるため、溶液の平衡をずらしてしまうことになるのですが、金属配位子としての有機物に関する情報(配位子濃度、安定度定数)を得ることができます。

3.カナダ西部の湖水中銅スペシエーション:電気化学法

では、どのような手法で研究が行われているのかをカナダの湖での測定結果を例に述べることにします。

ブリティッシュコロンビア大学(以下UBC)はブリティッシュコロンビア州(BC)、バンクーバー市の西端に位置し、東を除く三方を海に囲まれた場所にある。周囲は州立公園がいくつもあり、学問のみならず生活面でも恵まれた環境にあるといえます。この地にあるがゆえに理学部地球海洋科学科、あるいは林学部が設置されているのもうなずけるところです。周囲には天然の氷食湖に加え、氷食地形を利用した飲料水用、工業用水用、発電用など多くのダム湖が存在します。これらの湖やFraser川などから流れ出た水が、太平洋にそそいでいます。Oriansの研究室には湖沼の研究者はいないのですが、海洋中の微量金属に関する研究が行われており、その手法は陸水に適用できます。海洋における金属スペシエーションについて、博士課程の学生(C. Wiilamanaden)がちょうど電気化学分析法10)を用いて行っていたので、装置の使用法を教えてもらい、周囲の湖沼について測定を行いました11)。海洋における有機配位子はその場で生産される有機物に加えて、陸からの流入が供給源となっている可能性が高いので、陸で生産される有機化合物に関する研究は海洋にもつながっています。

最初に検討を行ったのは大バンクーバー(Greater Vancouver:バンクーバーの近郊都市を含む地域で総人口300万人以上)の3分の2の飲料水を供給している人造湖:Capilano Lakeです。Capilano Lakeは集水域への立ち入りが厳しく制限されており、有機物の供給源はほとんど渓谷の土壌由来であり、人間活動の影響は小さいと考えられます。湖のみでなく、谷を流れる小渓流の水も採取して、比較を行いました。2003年のカナダは夏から秋にかけ異常乾燥状態にあり、森林火災指数が常に最大値を示していました。現実に大規模な山火事が頻発し、観光鉄道の枕木が焼失して運行休止になったり、ブドウ畑のぶどうが焼けたりと連日報道される事件が起きていました。住居内では最低湿度が35%に達したこともあります。Capilano Lakeも乾燥が続き、貯水量が大幅に低下しました。乾燥期の終わりにあたる9月、州北部で線路が流されるほど大量の降水が流入した11月の2回、流出口であるCleveland Dam直下で採水を行いました。

電気化学法で得られる情報は有機物の銅に対する結合の強さを表す安定度定数、そして結合しうる化合物(配位子)の濃度です。得られた結果を表1に示します。

降水前後の採水、また渓流水と比較してもほとんど同じであることから、配位子の供給源は集水域からの土壌起源物質の流入であり湖内の植物プランクトンによる配位子生産は無視できると考えることができます。

比較例としてカナディアンロッキー(アルバータ州) のモレーン湖(Moraine Lake)でも採水を行い同様の測定をおこないました。この湖はカナディアンロッキーの中でも観光地として有名で、入り口付近は人間の影響を受けているものの、周囲の植生も少なく、上方はほとんど万年雪と岩盤でなっています。この湖の銅濃度は検出できないほど低かったのですが、湖水に含まれる有機物は濃度こそ低いものの、Capilano Lakeと同様の安定度定数を示した。このことから、土壌中で生産された有機物の中に、配位子として作用する化合物が普遍的に存在していることが予想できます。

次に測定を行った湖は、都市河川の流入により、金属汚染を引き起こしている氷食湖:バーナビー湖 (写真1)です。バーナビー市の委託調査によると、ブリティッシュコロンビア州の30日平均値、最大値とも暫定ガイドラインを上回る重金属が検出されています12)。ここでは最大の流入河川河口付近(St.1)、流入河川の河口の上にある滞留部(St.2)、流出口(St3)の3地点で試料を採取し、測定を行いました。銅濃度の測定結果は表1にあるように、通常の陸水に比べても非常に高い値を示しました。しかしながら配位子濃度もこれに応じるように高い値を示し、結果としてフリー銅イオン濃度はかなり低く抑えられていることがわかりました。もう一つ注目すべき点は、配位子濃度の増加とともに、安定度定数が徐々に低下していることです。この湖は極めて浅く(最大水深2.2m)、大型水生植物が繁茂しています。確証はないのですが、写真にあるように水面の大部分を覆っている睡蓮12)など大型水生植物組織の分解、放出によって生じる有機物が、錯生成に寄与しているのではないかと考えています11, 13)。

以上の結果を得て興味深くおもったことは、陸水において得られる安定度定数が、これまでの海洋研究において得られる値とほぼ同様であったこと、安定度定数の異なる配位子の濃度比が比較的似ている場合があることです。安定度定数については、測定法の特性から大きな違いは生じにくいので議論が難しいのですが、濃度については今回海水と比較してかなり高い値をしめしたことから、陸起源の有機物が海洋に放出され、希釈、拡散しつつ徐々に分解していくことが想像されます。

しかしながら、CSV法で得られる情報は、配位子の安定度定数と濃度に限定されます。最初にお話したフリー銅イオンの濃度を議論するのであれば十分かもしれないですが、配位子そのものの構造を知るための情報を得ることができません。

4.銅と結合する有機物を同定するには?

名古屋大学田上教授の研究グループは、Immobilized metal chelation affinity chromatography (IMAC:通称アイマック)法をもちいて、海水や琵琶湖水から銅と結合しうる有機物を集め、イオン選択性電極をもちいて銅を測定しています14,15)。この測定結果から、モデル化合物と安定度定数を比較することによって、配位座となりうる構造を推定しているのですが、これも直接の情報をえることができません。結局水中に存在している金属の形態を知るためには、配位子の分子量、構造決定が不可欠となります16)。

Oriansは海水中微量金属研究の大家K. Bruland の研究室出身で、彼女の研究室でも海洋の微量金属についての研究が盛んにおこなわれています。当研究室で学位を取得したA. Rossは現在サスカチェワン大学およびNational research Counsel (of Canada) (共に サスカチェワン州サスカツーン市に所在)で植物の金属摂取機構について研究しています。彼はIMAC法により銅と結合しうる配位子をバンクーバー近くのJuan de Fuca 海峡付近で採取した海水から濃縮分離し、ESI-MSによる分子量の測定を試みました17) 。ESI-MSとは大気圧イオン化質量分析法(ノーベル賞受賞者田中耕一氏のMALDIもこの手法に含まれます)の一種で、有機物の分子量測定に特に威力を発揮します。ESI-MS導入前にXAD-4(スチレン−ジビニルベンゼン系合成樹脂)をミクロカラムに充填し、これに捕集された有機物をメタノール溶媒で溶出、ESI-MSに導入することによって得たピークから、分子量、構造の推定を行っています。Vachet と CallawayはIMAC捕集後に分子排除クロマトグラフィーで有機物を分画し、分子量300程度の画分についてESI-MSによる分子量決定を行っています18)。手法の特性から電気化学法で得られる安定度の高い配位子をつかまえているわけではないのですが、配位子特定の試みとして注目されています。筆者も前述したバーナビー湖で採取した水から有機物を分離して用意していたのですが、サスカチェワンに行く日程がとれず、試料は未測定のまま残してあります。半年の在外研修は非常に有意義であったとともに、研究を完結する点では時間が足りないことを実感した。1年程度の滞在が認められるようになれば、さらに充実した研究計画を実行することを考え、今後研修に出られる方のために検討をお願いする次第です。

5.UBCの研究環境

UBC理学部Orians助教授は、化学科と地球海洋科学科を兼任しており、双方から学生を受け入れ、また講義を担当しています。このことが実際のフィールドへの化学的手法適用を容易にしていると考えます。日本の場合この壁が厚く、化学科に所属すると手法を開発する、あるいは解析するのに労力を要し、実際の場を解析するに至らない倍が多々あります。地球科学のみでは、装置に頼りすぎるか、場の学問であることを理由に新しい手法を一切使わないということもありえます。その点では境界にあたる教育・研究を行うことができる研究室にいられたことは幸いでした。とはいっても実験室は特別な仕様でなく、クリーンルームもちろんありますが、一般機器は特に新しいものではなく、また純水製造システムも一般的なものでした。微量金属分析に用いるクリーン人工海水(人工海水から微量金属や有機物を除いたもの)も、自家製の器具で精製するもので、要はそこにいる研究者の工夫次第ということです。海洋の研究機器について言えば、日本は非常に充実しています。例えば東京大学の研究船白鳳丸は、採水時の鉄など金属の混入を避けるため世界で唯一といっていいチタン製の10000mワイヤー(現場データ送信用ケーブル入)で、内部にテフロン塗装を施した採水器(写真2)を投入し、しかも一度に36深度の海水を採ることができます。

分析装置についても海洋科学分野にある大型機器としてICP−MS(誘導結合型プラズマ質量分析装置)が1台、フレームレス原子吸光分析装置が1台と言った様子であり、全学部では学生数3万人を超える大学の設備としては非常に「モノがある」わけではありません。しかし各分野のいわゆるテクニシャンがいるおかげで、1台の装置が有効に活用されています。私の化学分析についても、一部化学のテクニシャンに協力していただいたのですが、分析装置に精通しており、こちらが化学分析に関する知識を有していることが前提であるとはいえ、装置のメンテナンス、試料に対する扱いの注意など、われわれが自分だけで動かそうとしたときに最も時間を費やす部分を避けることができます。自分だけでは操作できない高価な装置を眠らせて無用に老朽化させる、もしくは使える人間だけが独り占めしたり、逆に分析や維持を押し付けられたりすることは考えられません。その点で専門知識をもった人員、人材の確保も、大型装置の充実以上に必要とされる場合があることを感じました。

6.研修後:白鳳丸研究航海と今後の研究協力

2004年12月15日から本年(2005)年1月18日まで、上述した東京大学白鳳丸研究航海KH−04-5次航海leg.2(主任:東京大学海洋研究所 蒲生俊敬教授)に乗船させていただき、南極海における採水を行いました。この航海は現在計画が進行しつつあるGEOTRACES計画の一環でもあります19)。1970年代に太平洋、大西洋、インド洋の320観測点で化学成分を測定したGEOSECS(Geochemical Ocean Section Study)計画から30年近くが経ち、この間に採水法、分析法が飛躍的に進歩したことを背景に、微量元素を通じた海洋の物質循環を把握する目的で再び国際共同観測計画が立ち上がったものです。11カ国27名の構成員で計画が立てられているのですが、カナダ唯一の参画者が、Orians助教授であり、今後の海洋研究においても、関わりをもつことになりました。

さて、南極海での研究航海ですが、オーストラリア南方より南東方向へ下って南緯68度に達しました。このあと西経170度線を北上し、5度沖に採水を行っています。船はこの原稿を執筆している2月も航海中で、学部報が発刊される3月下旬に東京入港となります。試料はそれから大学に持ち込まれ、分析が始まります。なぜわざわざ南極までいくのかですが、南極海における一次生産は一般に鉄制限であるといわれています。それは氷に覆われた南極大陸から鉄の供給が少ないこと、また他の大陸から遠くはなれているために、風によって土壌粒子が運ばれてこないことが原因と考えられています。土壌粒子や河川の流入がないことから、南極海表層の有機物は、陸起源物質の影響を受けない、自生性有機物が多くを占めているのではないかと考えられます。今回採水した試料を持ち帰り、銅スペシエーションを行うことで、自生性有機物の優先する環境での金属の存在形態に関する情報を得ることができることが期待されます。陸域の影響をうけやすい湖沼、沿岸域と、島嶼の少ない外洋あるいは極域のように自生性有機物の比率が高いと考えられる海域を比較できるようなデータが集積されてゆくことで、有機物の性質による金属の形態、生物に対する有効性の違いを明らかにし、逆に配位子の由来を推定することができればと考えています。特に河川の有機物は生物に利用されにくいことが明らかになりつつあり、自生性の有機物の中にもそのような化合物があるのか、そうではなく自生性有機物は速やかにすべて消費されうるのか、それによって金属の動きはどう変わるのか、興味は尽きません。今後有機配位子の特定について新手法が開発されてゆくにつれ、具体的な分子構造を解明できれば、銅にとどまらず、多くの微量金属元素のスペシエーション研究にも飛躍的な進歩をもたらすことになるものと期待しています。

今回の研修中に得た実験結果の一部は、2004年8月に開かれたSIL(国際理論応用陸水学会)の第29回国際会議(Lahti, FINLAND)にて発表、投稿させていただきました。この場をお借りしまして、長期在外研修の申請、採択、またUBCとのコンタクトに関してお世話になりました、滋賀県立大学そしてUBCの多くの皆様に感謝し、厚く御礼申し上げます。


引用文献:

1) Manahan, S. E. and M. S. Smith (1973): Copper micronutrient requirement for algae. Environ. Sci. Technol. 7, 829-833.

2) Schenck, R. C. (1984): Copper deficiency and toxicity in Gonyaulax tamarensis (Lebour), Mar. Biol. Lett., 5, 13-19.

3) Gavis, J., R. R. L. Guillard and B. L. Woodward (1981): Cupric ion activity and the growth of phytoplankton clones isolated from different marine environments. J. Mar. Res. 39, 315-333.

4)  Croot P. L., Carlson B., von Elteren J. T. and Kroon J. J. (2003): Uptake and effulux of 64Cu by the marine cyanobacterium Synechococcus (WH7803). Limnol. Oceanogr. 48, 179-188.

5) Coale, K. H. and K. W. Bruland (1990): Spatial and temporal variability in copper complexation in the North Pacific. Deep-Sea Res. 37, 317-336.

6) Moffet, J. W. (1995): Temporal and spatial variability of copper complexation by strong chelators in the Sargasso Sea. Deep-Sea Res. I, 42, 1273-1295.

7) Moffet, J. W. and L. E. Brand (1996): Production of strong, extracellular Cu chelators by marine cyanobacteria in response to Cu stress. Limnol. Oceanogr., 41, 388-395.

8) Mann, E. L., N. Ahlgren, J. W. Moffet and S. W. Chisholm (2002): Copper toxicity and cyanobacteria ecology in the Sargasso Sea. Limnol. Oceanogr. 47, 976-788.

9)  一色健司、中山英一郎(1989): 海水中の微量元素の化学形はどのようにして決められるか, 月刊海洋 21, 165-172.

10) Campos, M. L. A. M. and C. M. G.van den Berg (1994): Determination of copper complexation in seawater by cathodic stripping voltammetry and ligand competition with Salicylaldoxime. Anal. Chim. Acta 284, 481-496.

11)  Maruo, M. and K. J. Orians: Determination of copper complexation in freshwaters of west Canadian lakes by electrochemical analysis. Verh. Internat. Verein. Limnol. 29, 投稿中.

12) City of Burnaby (2002): Environmental Assessment of the Burnaby Lake Rejuvenation Program: Sediment and Water Quality, Benthic Invertebrates and Plankton Studies: Final Report. Enkon Environmental Ltd.: Chapter 5

13) 丸尾雅啓 海水中銅のスペシエーションおよび配位子の解明 月刊海洋 号外39号 総特集「海洋の微量元素・同位体研究−GEOTRACES−計画」(2005)61−68.

14)T. Midorikawa and E. Tanoue (1996): Extraction and characterization of organic ligands from oceanic water by immobilized metal ion affinity chromatography. Mar. Chem., 52, 157-171.

15) Wu F. and E. Tanoue (2001): Geochemical characterization of organic ligands for copper (II) in different molecular size fractions in Lake Biwa, Japan. Org. Geochem. 32, 1311-1318.

16) 広瀬勝己(1993): 海水の微量金属元素のスペシエーションについて, 海の研究 2:75-92.

17) Ross, A. R. S., M. G. Ikonomou and K. J. Orians (2003): Characterization of copper-complexing ligands in seawater using immobilized copper(II)-ion affinity chromatography and electrospray ionization mass spectrometry. Mar Chem. 83, 47-58.

18) Vachet, R. W. and M. B. Callaway (2003): Characterization of Cu (II)-binding ligands from the Chesapeake Bay using high-performance size-exclusion chromatography and mass spectrometry. Mar. Chem., 82, 31-45.

19)  蒲生俊敏 総論:GEOTRACES−海洋の微量元素・同位体研究の最深動向と将来展望―: 月刊海洋 号外39号 総特集「海洋の微量元素・同位体研究−GEOTRACES−計画」(2005)5−18.