環境フィールドワーク再考

―手段と目的の逆転―

奥野長晴

環境計画学科

「他のFWよりも、今回の先生がたの方に、やる気のような熱意を感じました。だからこのFWでは課題に対してより深い答えを出さないと、先生に納得してもらえないと思いました」

「FWの本当の目的を初めて知りました」

「問題発見能力が身についた」

「今までのフィールドワークとは異なり、物事の考え方、プレゼンテーションの方法など根本的な基礎を学べたのが新鮮だった」

「FWの心がまえと楽しさなど、言葉では言いあらわせない何かをつかめた」

「建築デザインの私にとって、いままでFWのテーマは関係がないと思っていました。そんなわたしが今回始めて問題意識をもって現場に行くことの大切さを知りました。」

「言葉を鍛えることにより、思考力や論理力が伸びてゆくことが理解できた」

「同じものを見ても視点が変われば、こんなに見えるものが異なることを知りました」

「このFWが一番充実していた。それは事前に十分な準備がされていたからです」

「環境問題に正解がないということがよくわかりました」

以上はこのFWIB(愛知川扇状地をめぐる自然、社会環境)の終了後、学生から寄せられた評価の代表例である。これを読むと、今回もまたわれわれの授業はその目的を充分達成できたことを知り、担当教員5名(奥野、倉茂、近、長谷川、矢部)はお互いの努力を称えあったのである。

理念つくり

ここまで来るのに長年月にわたる改善と改善の積み重ねの歴史があった。7年前、この授業計画の第一歩を理念創りにおいた。当学部では、環境科学部に所属する全学生の必修科目としてFWを配当している。その理念は一応作られてはいる。しかしこれだけでは、理系から文系まで専攻を全く異にする全学生の学習意欲を高めるには不十分であることが次第にわかってきた。当初、どのクラスにおいても、われわれが担当するFWのテーマに興味を示さない学生がいた。例えば、農業をテーマとすれば、自己アイデンティを形成した学生にとって、「自分の専攻に農業なんて関係ない」との感覚があり、それが授業への集中を妨げていた。

しかしながら、たとえ学科・専攻を異にしても、環境と言う一点に全学生は収斂する。そこで目的と手段を逆転して、環境を学ぶことを手段として、「問題の発見の方法を知り、そして、自分の考えの創出能力の開発」をこのFWの目的としたのである。こうすればテーマが何であっても、野外調査の現場がどこであっても、テーマやフィールドの違いによる学生の関心の差という問題はなくなる。このフィールドワークでは何を発見するかは重要ではなく、発見の方法を知ることが重要であるからである。このコンセプトを第一回目の授業の最初に、学生が納得するまで、繰り返し説明した。このようなコペルニクス的回転が専攻を異にする全学生の興味を引きつけることになり、冒頭に記した評価に繋がったと考えている。

日本の社会にまだ環境という職種はない。だから環境科学部の卒業生の進路は公務員から個人企業まで、研究者からセ−ルスマンまで幅が広い。 したがって、誤解を受けることを承知でさらに言えば、大半の学生にとって学部レベルの専門教育はあまり意味がない。たとえ高度な専門知識を身に付けたとしても、学部レベルの専門知識の半減期はそう長くない。それ故、われわれの教育の基礎を「いつどこでも社会に役立つ人間を作ること」に置かなければならない。そのためには「世の中にあるさまざまな現象の相互関係に気付き、それを総合的に考えることのできる能力を身に付ける」が学部教育のゴールのはずである。その第一歩が「自分の考えを持つ」ことにある。しかしながら、「自分の考えをレポートに書くように指示を受けても、どうすれば自分の考えを持つことができるのか分かりません」と悲痛な答えが学生から返ってくる。今まで、こんなことを教えなくても、自然に身につくと信じ、誰もこの種のことを授業に取り込んでいなかった。これは大きな間違いだったのである。だからこのFWの本命は「さまざまな考え方を知り、自分の考えを作成するための能力開発の手助けにある」とわれわれ5名は結論したのである。この目的を達成するためにどのように授業をプログラムするかが次の課題となる。

授業の基本方針

「未知の問いを立てる」能力、すわわち、いままでだれも疑問としなかったことを問題視できる能力が社会においてもっとも重要である。しかし学部一回生にとってこれはきわめて難しい。そこで5名の教員がそれぞれ「問い」を示し、野外調査を通じてそれに対する答えの発見をこのFWの基調とした。つまり、問いに答えるこという方法を通じて、自分独自の考えを作り上げる訓練をするわけである。

5つの問を以下に示す:

この問いに対する答えをグループ毎に定め、その答えの合理性をグループの構成員一人一人の発表によってアッピールすることーーーがこの授業の流れである。

FWのインストラクション

3回の授業(3週間)をワンセットとしてこのFWは構成されている。初回をFWのインストラクションとして、このFWの説明との野外調査の基礎訓練に当てた。2回目が実際の野外調査であり、3回目が成果の発表である。

初回の講義で最初に強調したのは学生が達成するべきゴールである。 「このFWでは、何かを発見することが目的ではない。自分の考えを作るための方法を身に付けることが目的である」を理解させた。このように学生自身の到達点を明示することがこの種の屋外授業にはきわめて有意義である。これにより、野外調査のピクニック化を防止できたと考えている。

第2番目に強調したのは学生に物の見方をしっかり教えたことである。 グループ毎に、先の問いを一つ選び、それにどのように答えるかを決め、その答えを得るためには何を発見するべきかを考えた後に、2回目の野外調査に臨むよう指導した。この方法では答えを先に定め、理由を後から追いつかせる、つまり順序が逆転しているのだ。一見すると偏見の助長のように見える。しかしこれは偏見の勧めではない。この方法の要諦は「物を見るためには仮説が必要」を理解させることにある。客観的に物を見ることは基本的に不可能であり、ましてや世の中に絶対の真理は存在しないことなど、環境問題対処に必要な基本的思考を学生に体得させることを意図している。

3番目は各自の役割を認識させたことである。先の質問毎に希望者をグループわけした。1グループ5名を超えないような配慮をした。グループのサイズをこのように小さくしたのは遊び人の防止である。10名近い大グループでは作業する学生と傍観の学生とに2極化することが経験で分かっている。第3回目の授業においてグループ全員が必ず2分間発表することが義務であると講義のなかで明言した。こうすることにより傍観者の防止、ひいては参加意識が向上したと考えている。


図−1 現役農家の主婦に家族労働についてインタビュー

プチ野外調査(第1日)

初回の授業終了後、グループ毎に集合して、教員側から発表した5つの質問に対する仮の答えを決めるよう促した。このための時間は30分間である。つぎにこの仮の答えを得るために必要な現象の発見が可能かどうかの小当たりの機会をあたえた。その実際の方法は学生が大学周辺の農地を、約1時間にわたり、観察することである。1時間後大学に戻り再びグループ毎に集まり、さきに決めた「答え」の妥当性を検討する。もしその答えをサポートする現象を見つけることができれば、その答えは正しい。もし発見できなければ、答え(すなわち仮説)の変更が必要性となる。このようにして仮設が妥当性かどうかの検証方法を身に付けてゆく。この経験をもとにして、次週に予定する野外調査の準備するよう指示した。


図−2 収穫直後の野菜をもらう

野外調査(第2回)

野外調査の場所を愛知川扇状地(愛東町)と定め、そこで3時間に渡り、学生はグループ毎に仮説の検証に必要な現象の発見を試みる。教員5名は学生のどのような質問にも瞬時に応じることが肝要である。このためには適当な間隔をあけながら同じ場所と時間を学生と共有することになる。

さらに特筆するべきは、この目的のために、愛知川町役場農政課の職員2名と、本物の農民から応援を得たことである。本人のみならず、農家の主婦も応援してくれた。かれらは毎回出動して、学生の幼稚な質問にも専門的立場から懇切丁寧に応答してくれた。たとえば、農家に対して「日本に農業が必要ですか」との失礼極まりない質問に対する答えとして、自作のレタスやイチゴの試食をさせてくれたのである。一度この美味を味わうと自ずと答えは決まってくる。まだある、種無し葡萄収穫のための処理の方法、無農薬葡萄作りの難しさなどを丁寧に教えてくれた農家の人たちもいた。さらに後継者不在など、本人の口から直接耳にした情報の迫力に学生がたじろぐ場面も多かった。「1次情報の重要さが分かった」が学生の感想である。このようなカルチャーショックを通じて初めて、文献に頼る情報の限界が体で理解できるようになる。

野外調査を終了して、大学に戻るのが午後5時半、それから約1時間の検討会の時間を設けている。この目的はグループ毎に本日の調査結果を総括して、次回の発表のための作戦を作り上げることにある。


図−3 地元生産の野菜の価値を再認識

プレゼンテーション

先述したよう、自分の考えに価値を与え、その価値を社会全体に認識させる能力の涵養をもこの授業のゴールとしている。この第一歩がプレゼンテーションの技術を身に付けることである。この趣旨に立ち、第3回目の授業の劈頭にプレゼンテーションの方法の講義をする。OHPの作り方のノウハウ、プレゼンテーションの流れの作り方、コンテンツの配列、時間配分などがその講義内容である。それに続いて、学生はプレゼンテーションの準備のための作業に入る。

グループ毎に結論を先ず決定し、それを聴衆全員に納得させるよう、グループの構成員一人一人に発表を義務つけた。このためには、グループ内における綿密な打ち合わせをして各人の受け持ち部分を確定することが必要になる。このプロセスを通じて、学生は強調と協力との兼ね合いの方法を学んでゆく。ここでも5名の教員は常に学生とともにあり、学生の質問に答えるようにしている。

第2番目に「自分の考えが先ず先にあってそれを発表するのではなく、発表という手段を通じて自分の考えが創造されてゆく」ことを教えた。これを聞いて「目から鱗」を実感した学生が多い。

プレゼンテーションの講義で、次に強調したのは参考書や資料の内容をそのまま発表することを厳禁し、野外で観察したことに基づき自分の考えを発表することである。野外調査の時間を他人事的に過し、発表会のとき参考書の丸写しを発表した学生には、厳しく、その考え違いを指摘した。

それぞれの発表後、聴衆側からの質問や討議を受ける。つまりミニ研究発表会を演出した。最後に、教員サイドから、プレゼンテーションについての評価をする。よかった点及び改善を必要とする点を指摘しながら、学生一人一人のプレゼンテーションについて、教員が評価した。これにより全学生がそれぞれのプレゼンテーションの良否を理解することになる。この方法はきわめて好評であった。

「はっきり指摘を受けたので、プレゼンテーションのどこがいけないのか良くわかった。今後に繋げてゆきたい」とのコメントがこのことを如実に物語っている。

宿題

最後の授業後、1週間以内にレポートの提出を義務つけた。レポートがカバーするべき内容は(1)所属するグループとしての発表の概要、(2)他のグループの発表に関するコメント、(3)この授業から学んだこと、(4)この授業で感じた困難、(5)この授業の改善点、以上5項目である。

強調したいのは5名の教員が全学生のレポートに目を通し、コメントをつけて、返却したことである。このようにして学生は自分のレポートの改善部分がどこかを学ぶことになり、レポート作成能力の向上に繋がってゆく。

反省会

3回目の授業の最後に全学生対象にアンケート調査を実施して、学生による授業の評価をうけた。それにより、授業の全体計画や毎回の授業方法の課題が明らかになる。それを基にしてそれぞれ教員が自分の担当部分を改善することとした。それに加えて何度も小集会を開いて全体計画の改良を続けた。複数の教員が担当する授業の課題は、遠慮により、本音の会話の不成立である。しかしこのFWに関する限り、説明用OHPの改善、講義の内容の変更など、有言無言のFDを繰り返した。この柔軟性が授業の効果を高めたと考えている。

総括

「学生の能力向上という授業目標の達成からみて、われわれのフィールドワークは類稀な授業である」と奥野、倉茂、近、長谷川、矢部の5名は自負している。その成功の秘訣は5名の教員がこの授業に情熱を持ち、12回の授業に全員が参加したことにある。教員サイドの情熱が学生に感染して、学生のやる気を喚起したのである。

第2は達成するべき目標を明確にして、学生と教員がそれを共有したことである。こうすることにより学生にとって、自分の行為の大儀がよくわかり、学習意欲が高揚する。目的と手段の逆転がこの例である。この種のFWでは学生が何かを発見することを重要と考え勝ちである。われわれは、たとえ発見が“すかたん”であったとしても、それを問わず、発見の方法を学び取ったことを賞賛した。これにより学生の態度が授業を「受ける」から「参加する」へと変化した。

第3は目標達成のためのベストなプログラム準備し、それを常に改善したことである。従来、野外調査の現場を大中の干拓地としていたが、3年前から情報密度のより高い愛知川扇状地への変更はこの実例である。野外調査の場所を変えたことにより、このFWで採用した指導方法がますます効果を高めた。

まだある。それは愛知川町の行政職員や現地農民の応援を得たことである。これにより5名の教員の不足する部分を補うことができた。

われわれがこの授業にかけた努力や時間は半端ではない。しかしそれは見事に報われたのである。「授業効果が低いのは学生側の問題ではない。教える側の問題である」ことがよくわかった。教員の努力に対して、これほど端的に反応する学生の存在は、環境科学部所属のわれわれにとって、教師冥利に尽きると考えている。私は本年3月に退職を予定している。本学を去るに当たりミスするものがあるとすれば、それはこのFW通じて得た教育の醍醐味である。