「人間環境」と「構造技術」

陶器浩一

環境計画学科 環境・建築デザイン専攻

転職

「えっ?・・・・・・」。 教員公募締め切りの前日に「会社を辞めることになるかもしれません。」と申し出た私の言葉にしばし絶句した上司。あれから早いもので一年半が経過しました。その間正式に決定するまで有難くも多くの方に熱心に"お引止め"いただき、まだまだ日本では組織を抜けるというのは大変なことだと身を持って感じました。

実務の世界から大学の世界へ

 私は、大学を卒業後16年、建築設計事務所で主に建築物の構造設計を行ってきました。構造設計とは建築に関わる多くの職能のうち、建物を形作る"骨組み"の設計です。

その間関わったプロジェクトは100件以上、住宅から超高層、商業施設、文化施設、生産施設などなど・・様々な建築を創り出す前線にいました。

 そのわたしが何故大学教員を志すことになったのか。

実務設計を通じて建築設計という仕事の意義を考えてきました。空間を産み出すという多くの人々の協働作業です。その過程は様々な専門家が同じ理念をもちコラボレーションして創りあげてゆく、という要素技術の融合であり、その結晶であると思います。しかしながら、技術の高度化に伴い細分化されて技術者は自分の領域の中でものごとを考えてしまいがちなのではないか。特に構造技術者と呼ばれる私達にその傾向があるのではないかと懸念していました。

組織事務所に長く身を置いていた私はこの問題を組織の問題だと思っていたのですがどうやら組織でなく意識の問題ではないか、翻ってみると大学の建築教育・研究は縦割りの講座制で行われており横との連携はあまり感じられない。この教育・研究システムや専門化を促す社会のシステムに問題があるのではないかと感じるようになってきました。

 ものを創るのに一番大切なのは最初の空間のイメージです。そしてそれを如何に練り上げていって実際の空間として実現させてゆくか、そのプロセスが設計そのものです。これは専門に関わらず設計を志すもの原点だと思います。ところが縦割りの考え方の中でこの一番大事な「柱」がおざなりにされているのではないか。

 狭義な構造設計、さらには建築設計のみにとらわれず、「空間のなりたち、そのフィロソフィーと産み出すためのプロセス」を見つめなおしたい、と思うようになってきました。

そのためには実務の傍らで出来ることの限界があるな、と感じていたときに工学部でなく環境科学部のなかに建築学科が位置づけられている本学に出会いました。「従来の縦割りの学問の枠を超えて、環境という切り口で・・・」という理念に大いに共感を覚えてこの道を目指すことを決意いたしました。 

「人間環境」と「構造技術」

建築とは人が生活のために有用な空間を如何にかたちづくってゆくかということであり、それぞれの時代の空間的、機能的要求と素材、技術の展開が結びついて発展してきました。それは一方で自然を改変するという行為でもあり、自然とのかかわりを無視しては成り立たないものです。

近年の技術の進歩は著しく、人間の生活は大きく変わりました。今や技術によって何でも出来る時代になったといえます。しかし、それは一方で何でもできてしまうという凶器にもなります。技術の進歩がもたらした建物の巨大化、街の過密化は新たなる環境的問題を生み出しています。

利便性、効率性、経済性を追求した開発の結果、人間の生活環境、自然環境、さらには地球規模での環境にひずみを生じてきたということが20世紀の教訓です。

技術者は、生物共同体としての地球環境、人間環境に対する重い責任があります。何でもできてしまうようになった今こそ、技術者の良識・主体性がますます求められています。

街が巨大化し過密化した今、ただ単に建物のみのことを考えていれば良いわけでなく、周囲の中でのもののありようや、さらに、地球という枠の中での建物、まちのありようを考えなければなりません。そのために構造技術の果たすべき役割は大きいし、また、従来の枠組みを超えた新たなる価値観と発想が重要なのではないでしょうか。

構造設計とは、建物を形づくる骨格の設計です。それは、人が生活する覆いであり、つまりは人が生きてゆくための空間を形づくることです。その空間が集まって街が出来、環境となる。わたしたちは、この環境、空間を形成するということに大きく関わっています。従来、構造技術は、いかに「安全に」「経済的に」「合理的に」構造物を造るか、に力点が置かれていましたが、「人間が健康的で文化的な生活を送るための空間」をいかに創っていくか、を考えなければならない、すなわち、構造物を「造る」ための技術から、人間環境を「創る」ための技術へのパラダイムシフトが必要です。

現代都市は巨大化、複雑化し、様々な環境的問題が顕在化しています。都市の中でのひとのくらしと自然の関係、そのための空間のありかた、都市空間の創造について考察する、即ち、「空間の構成」で現代の社会が失いつつある、"人としての暮らし、潤い"をとりもどし、持続可能な人間環境を創造することが私の研究課題です。

教育・研究と実践

学生には、空間創造の理念と実践について、空間を創り出すことの面白さとその意義を感じ取ってもらいたいと思っています。これは「習うより慣れろ」で、いくら知識を詰め込んでも意味がなく、いろいろな活動を通じて自らの物としてゆくしかない、私は、その「場」をどしどし示して行きたいと思っています。

研究ではそれらを自ら具体的に示す形で「環境の中でのものづくり」とは何かを追及してゆくつもりです。また、これらのことは実践なくしては説得力もないので許される限りものづくりに関わってゆきたいと考えています。まだまだ何が出来るか未知数ですが、従来の縦割り中での構造学でない、環境としての構造学を追及してゆきたいと思っています。