トキとヤナギとタブ−共存の観点で−

伏見碩二

環境生態学科

トキ

トキの「キン」が死んだ。この日本最後の野生のトキは老衰死と思われたが、「キン」の最後のビデオ画像によると、力強く羽ばたき、飛び上がり、檻に頭をぶつけて死んだそうだ。「キン」は保護のため檻に入れられ、その檻によって死んだのである。保護の方法が悪かったというわけではない。この悲劇のもともとの原因は、「キン」を檻に入れざるをえなくなるまでにしてしまった日本人にある。日本の国名に由来する( Nipponia Nippon )という学名をもつ日本産のトキは絶滅したが、現在は中国産のトキによる繁殖と野生化が佐渡で懸命に試みられている。そもそも中国の場合は数千年以上にわたる農業革命で環境破壊を続けてきたのにも関らず、野生のトキが残っていること自体、まさに奇跡的なことだ。ひるがえって日本場合ははるかに遅れて農業革命を始め、中国などより短期間の環境破壊にもかかわらず、トキを絶滅させてしまった。「キン」の死は、日本の環境破壊の速度が著しいことを示す。日本では、中国や韓国などより自然の回復力が大きいといわれるが、けっして安心はできない。

ヤナギ

琵琶湖に春がくると、湖岸のヤナギが芽吹き、その下では黄金色のノウルシが咲く。まさに雪解けの頃で、増水した湖水にひたったヤナギ林にはコイなどが産卵におしよせる。彦根の犬上川河口に見られた立派なヤナギ林やヨシ原は河川改修で広い範囲にわたり破壊されてしまった。10年ほど前のことである。彦根周辺の湖岸は冬の強風地帯で大波が打ちよせるので、植物が根づかず、砂浜になっている。しかし、かつての犬上川河口では三角州とヨシ原が風や波から植物をまもってくれていたので、ひとかかえもあるようなヤナギの大木の林も立派に育っていた。そのヤナギ林がなくなりつつある。河川改修の工事関係者は洪水対策のことしか関心がなかったようだ。

さらに、琵琶湖総合開発が終わった1997年からは、冬の琵琶湖水位を高くするようになった(暖冬つづきで雪が少なくなり、春先の雪解け水に期待できなくなったからというのが主な理由になっている)。するとどうなるか。冬の強風による大波がわずかに残っているヤナギの大木に襲いかかり、根元を崩すようになった。ついにはブルドーザーが来て、倒されたヤナギの木が大きな音をたててチェインソーで切られてしまった。たびかさなる人間の仕打ちにたえてきたヤナギがあたかも最後の悲鳴をあげているかのように聞こえたものだ。はたして、キンが死んだ時にも同じような悲鳴が聞かれなかったのだろうか。

タブ

滋賀県立大学が1995年にできた時、湖岸の犬上川橋から上流にむかって河川改修が進んでいた。その計画は、川べりの林をとっぱらい、宇曽川のようなコンクリート護岸の川にしてしまうというものだった。そこで工事関係者と話し合い、できるだけ自然を残すような計画に修正した。冬暖かく夏涼しい琵琶湖の気候緩和作用があるからこそ育つ貴重なタブの林を破壊する当初計画に対して、洪水対策のために河川断面積を大きくする必要があるので、大学側にバイパス水路を設けた。このことで、琵琶湖周辺では最も大規模な犬上川のタブ林を中の島状にして、できるだけ残すことができた。曲りくねってながれる犬上川は、近江盆地の湖東平野のなかでは自然の豊かさを残している数少ない川である。地下水が湧いているところにはハリヨというトゲウオ科の魚が生息している。絶滅の恐れのある危急種だ。同じく危急種であるタコノアシという名前通りのタコの足を上向きにしたような花を咲かせる草もわずかに河口に残っていた。が、そこにあったはずの花は去年から見あたらない。現在行われている護岸工事の現場を見ると、のり面すれすれにせり出しているタブの木が数本ある。もともとは工事のじゃまになるというので、これらのタブの木を切り倒すことになっていた。これも話し合いの結果、残すことになった。

「人と自然の共生をめざして」という看板が犬上川の河川改修現場に立っている。しかし、タブの木からみれば“人は助けてくれてはいない”ので、「共生」とはいえない。私たちにできるのは自然をできるだけ残して、せめて「共存」していくことなのである。後世の人たちに「タブの木は残った」といえるような自然環境との共存関係を実現したい。そのため、われわれ住民は工事関係者とともに「犬上川を豊にする会」で話し合っている。いまこそ、人間の都合だけで開発を進めるのではなく、自然環境との共存をはかる智恵が必要だ。キンの死と同じく、“ヤナギの悲鳴”はそのことを訴えているのではないか。幸いにもクラブ活動に熱心な学生たちが犬上川の環境問題に取り組んでいるので、厳しさの予測される将来の環境保全にも期待がもてそうな気がする。