小型重量式降水量計の試作

環境生態学科

地球環境大講座

上野健一

 水文学の大先生が“新しい研究には、新しい手法を開発せよ”と力説された事がある。観測データが研究・教育の主軸となる私にとって、この言葉は忘れられない。もちろん、意味するところは測器の開発にとどまらず、新たな解析手法の導入やモデルの創造も含む。私は降水現象を軸にした水文・気象研究を推進してきたが、雨量計観測からレーダ・衛星データの利用へと守備範囲を広げるうちに、自分の自然観は大きく変貌した。NASA/NASDA共同で打ち上げられた熱帯降雨観測衛星(TRMM)は、宇宙から見た新しい降雨の姿をリアルタイムで我々に伝えている。某大学で“フィールドに出て問題を発見せよ”との教育を唱える方もいるが、正しい自然観は一個人の一見では得難く、そのために自然科学者が英知を結集して道具を作り、問題の発見・解決に努力してきたことを忘れてはならない。

 話を元に戻すと、昨年から科研費の補助を受けて、小型の重量式雨量計開発に取り組んでいる。ご存じの通り、“正確な面的降水量の把握”は、水循環過程・水資源の利用・防災対策など各種分野で重要な課題となっている。季節により卓越する降水擾乱のスケールが変動し、さらに複雑な地形が作用する日本では、狭域の水循環を取り扱うほどこの問題が気になる。数100km程度の雨量分布を把握するには降水量計網の整備が最も効率がよい。より広域の降水量の年々変動や豪雨の出現地域を特定する場合などは、衛星降水量や気象レーダの利用がより効果的である。これら出所の異なる降水データ同士が如何にコンシステントであるかを見極める事が大変重要であり(上野、2001)、何れが真値かを決定する事自体はあまり意味が無い。

 地点降水量観測の最大の難点は降雪量の測定である。1)個体降水の補足が悪い(ひどいときは50%も過小評価する)、2)雪を溶かす工夫が必要である、等、センサー自体の問題の他に、3)雪を溶かすための商用電源は、盆地中央や谷底部でしか得られない、4)流域内で降雨と降雪が混在すると分布が不正確となる、5)地形性降水が卓越する山岳域ほど冬季に降雪となる確率が多い、などの観測デザインと降水メカニズムの両者に依存した根本的問題を忘れがちである。

 これらを解決するために考えたのがウィンドフェンス付きの不凍液を利用した重量式降水量計である。風を弱めて補足率を高め、雪を溶かして重量の変化を降水量として換算するもので、センサーの駆動は太陽電池のみでまかなえる。既にアメリカでは実用化され、我が研究室でも日本に始めて機材を輸入して観測に応用している。しかし、高価で機材も大きく、受水タンクの側面付着(濡れ)による過小評価も含め改良点が多くあった。そこで、圧力センサー・材質・フェンスも含め一から組み直し、小型・軽量・安価なものを試作し、滋賀県北部で利用しようと考えた。

 試作機1号で多くの問題を発見し、これらを解決すべく2号機を試作中である。年末の強風でフェンスが吹き飛ばされる惨事にもめげず、風速の低減による振動の防止と積算雨量測定までこぎ着けた。問題は融雪機構であり、受水タンクでどれだけ日射量を夜間まで蓄熱できるかが今後の課題となっている。圃場入口左の空き地で青いフェンスを見かけたら、本紙の内容を思い出していただけるとうれしい限りである。

参考:上野健一、2001:降水量、気象研究ノート、199、第7章、153-164.

写真 各種降水量計の比較試験(左からNOAH重量式、転倒マス、試作機)