島緑地の環境機能 −KJ法による野外観察データの整理−

上田邦夫・荻野和彦

1、はじめに

 今日において、森と関わる問題は種々にわたり、しかもその重要性は急速に増しているといわねばならない。

 第一に、二酸化炭素に関わる問題である。主に化石燃料の消費増大と森林面積の縮小からおこるとされている大気中の二酸化炭素の増大は地球温暖化の原因とされている。熱帯雨林の減少がこの問題に占める割合が大きいとされているが、それのみならず我が国の森林の管理のあり方も問われている。それは二酸化炭素の吸収源として、産業活動による二酸化炭素の排出量を軽減するのに寄与できるからである。森林税などの社会制度の整備や炭素の循環を考えた社会生活のあり方、またそれに必要な技術の開発などを考える必要がある。

 次に都市と緑地の問題である。都市のかかえる問題は種々にわたるが、一つにすると住環境の悪化といえるだろう。その大きな一つは都市の温暖化である。地球温暖化とともに、都市の温暖化が起こしつつある諸問題は既に深刻化しつつある。アメリカ合衆国で蔓延しつつある西ナイル熱、日本で越冬が確認された南方の毒蜘などである。東京では熱帯の鳥が越冬し繁殖しているのが確認されている。このようなことは都市のヒートアイランド現象によるもの考えられている。つまり、緑地の減少と人口の過密化から起こされてくる現象である。この問題を解決していくには、都市の緑地のあり方、つまり緑地の面積や建築物との関係、都市のデザイン、法律の整備などを考慮していくことが必要と考えられる。

 もう一つの大きな問題は都市とその周辺の大気環境の悪化であろう。この問題の起因は自動車の排気ガスと工場からの排煙である。これらは過去に甚大な被害を人や植物に与えてきたしまた現在でも与えている。ただし、工場の排煙はかなり改善されてきたし、車の排ガスも徐徐に改善されつつある。車の排ガスは燃料電池車などの電気自動車が多数を占めることで更に改善されることが期待される。しかし、都市の大気環境を都市の乾燥化などのようなものまでを含めて根本的に改善するには、緑化を進める必要がある。

 さらに、今日の問題として酸性降下物の植物、特に樹木への影響を考える必要がある。都市及びその周辺でスギやヒノキが衰退していく現象は30年ほど以前から報告されている。この現象は彦根市やその周辺でも今現在進行中である。また、日本各地の山岳地帯でその被害が確認されてきている。しかし、その原因はまだ確定されているわけではない。樹木の被害は特にドイツや北欧で顕著であったわけで、そこではその原因は酸性雨による土壌の酸性化と、そこからくるアルミニウムの溶出とされているが確定しているわけではない。日本でもいくつかの原因が指摘されてきたが確定はしていない。

 また、最近では都市近郊での竹林の拡大が問題となっている。これは、島緑地や里山での人手不足から人の手入れが行き届かなくなったため、従来からおこなわれてきた竹林の排除が怠われた結果と考えられている。しかし、大気汚染や酸性雨の影響を排除できるわけではない。

 こうしたことの解明には、生態学、社会科学、建築学、その他の農学などからのアプローチが必要であろう。

2、フィールドへ

 このフィールドワーク授業は、次の文章を読むことからはじめる。この文章にはこのフィールドワークの目的や精神が端的に表されている。

 校舎の外に出て周りを見渡してみよう。南には緑に覆われた荒神山が見える。北は犬上川の河辺林に続き、遠く伊吹山や北鈴鹿の山々に連なっている。湖東地方は森におおわれた山地、広々とした水田が琵琶湖に続いている。愛知川や犬上川の河辺林は、山裾から湖畔に伸びた緑の半島に見えるだろう。水田の中に点々と小さな緑がある。町や村の中にも神社、寺院の境内にあるいは人家の中にひとかたまりの樹叢がある。このような半島状や島状に断片化した森林を島緑地と呼ぶ。島緑地がこの地方の景観にアクセントをつけている。島緑地は人が森を残してあるいは木を植えて作ったものであるが、森林であるから自然の働きに負うところが大きい。そんな自然が人々の生活環境となり独特の社会、文化の形成に重要な働きをもってきた。島緑地の現状を観察し、その将来を予測し、島緑地の意味を考えてみよう。

 次に具体的な内容説明の文章を説明する。それは以下のようなものだ。

 島緑地の中で、何が見え、何を感じるか。この森林は自然植生か、人口林かよく観察しよう。森林は高木や低木さらに林床の草本から成り立っている。森林には階層構造という秩序がある。森の中は暗く、ひんやりとして、風もない。その環境は外とはかなり違う。静かだ。喧騒の世界とは異なった世界がそこにある。林床は落葉、落枝でおおわれている。落葉のなかには小さな虫が数え切れないほどいる。土壌には大小の動物群が棲んでいる。落葉の下には、朽ちかけた落葉がある。その下にはぼろぼろになった黒い腐食がみられるだろう。ところによって菌糸網層が発達しているかもしれない。土を掘ってみると深さによって色が変化するのがみられるはずだ。土壌断面を観察すると土壌の生成過程がわかる。また土を手で触ってみよう。粘土質だろうか砂質だろうかを試してみよう。自然にじかに触れ、あらゆる角度からよく観察する。人はなぜこのような島緑地作ったのか。見たこと、感じたこと、考えたことを克明に記録していく。これがこの実習の出発点である。記録した内容は観察者によって違うだろう。そのような違いを持ち寄って、討論することが互いを啓発することになるはずだ。討論を深めることによって、新しい発想を得て、さらに研究を深め、島緑地をどう扱っていくか、島緑地のマネジメントに具体的な提言ができるようになるだろう。島緑地を考察する。これがこのフィールドワークの目的である。

 このような説明をした後、我々は大学近くの木和田神社の林や犬上川の河辺林へと移動する。神社林前に着くとそこでまた神社林を間近に見ながら、つぎのような事柄を書いたテキストを渡し、それについて説明をおこない観察の手がかりを与えていく。

 1)「島緑地」の持つ意味を考える。

 緑地が島または半島状に分布する。

  −これは人が作った景観である場合が多い。

 かって島緑地のある風景は人々を和ませた。

  −島緑地の過去の歴史について考える。

 島緑地の今

  −島緑地のはたらきについて考える。

 島緑地のあるべき姿

  −島緑地の管理と維持に必要なことは何か。


2)島緑地のつくりとは(構造)。

 サイズ、面積、形状、高さに目を向ける。

 島緑地と島緑地との距離とそれらの分布を考えてみる。

 植物、動物、微生物などの種類を見てみる。

 根圏とその土壌を観察してみる。


3)島緑地のはたらきとは(機能)。

 光合成をおこなっている。

  −炭素循環と地球環境への関わりがある。

 動物と植物の共生について見てみる。

 微生物のはたらきは分解である。

  −物質循環のはたらきがある。

 精神生活への影響はどうだろう。

  −人と自然の相互作用について考えてみよう。


4)島緑地を涵養する。

 自然と人の生活との関係について考えてみよう。

 生態倫理とはどういうことだろう。

 生態系の維持技術はあるのだろうか。


 以上の点を足がかりにして観察を進めるように言うのだが、恐らく大学にくるまでは一度も観察を目的として、このような現場にくることはなかった学生たちは、メモを取ることさえなかなかできずにいるものが多い。そこで、森の中にはいるとさらに具体的な説明をおこなう。

 つまり具体的に一つ一つの樹木名を教えたり、森の階層構造を実地にしめしたり、地面に30cmほどの深さの穴を掘り、土の様子をみせたりする。土を触ってその感触をみたりさせる。訪問する神社を示しておくと、以下のようである。

木和田神社−−大学への進入口の脇にある小さな神社。

犬上川河辺林−−犬上川の河口から上流に数キロにわたって続くタブの木の林。

押立神社−−湖東町にあり大学からバスで30分程度の距離にある。直径が1km程度あるおおきな森をもつ。湖東平野の中にある。

大滝神社−−多賀町にあり、押立神社からも大学からもバスで20分程度の距離にある。犬上川の上流に位置し、山の中腹にあり神社のすぐ隣を犬上川の源流が流れている。

 大学から半日の日程で回れる場所という制約のなかで考えられたコースである。それぞれに特色があるように選定されている。

3、KJ法とは

 ここで話の順序としてKJ法とは何かをすこし説明しておく必要がある。KJ法は川喜田二郎氏が考案されたデータ処理法である。詳しくは中公新書の同氏著の「発想法」「続発想法」「野外科学の方法」を読んでもらいたいが、ここでは概略を説明する。まず、観察したものについて簡単な文章でメモをつくる。現地でのメモ書きをもとに大学に戻ってからこの作業を行う。これは簡潔にまた客観的に表現することが必要である。たとえば、「森の中は静かだった」とか「林床には落ち葉が厚く積もっていた」などである。このようなメモ書きしたものを紙切れといいこの作業を紙切れ作りという。このような紙切れをなるべくたくさんつくる。この実習では4〜5人のグループをつくり、これらの紙切れを集め、グループで以下の作業を討論しながらおこなっている。紙切れ作りが終わると、表札作りをおこなう。これは、メモ書きをすべて机の上にならべ、みんなで一つ一つ読んでいく。そうしていくうちに互いに親近感の持てる紙切れが分かるようになる。そこでそれらをひとまとまりにしていく。このときどれにも属さない紙切れも出てくるわけで、その紙切れは無理にどこかに入れようとしない。小さなグループにはそのまとまりを示す表題をつける。これを表札づくりという。小グループ間同士で関係のあるものをさらに集めさらにグループ化し、それにも表札をつける。このようにして大きなグループが5ないし10程度になるまでグループ編成をおこなう。ここまでくるとほぼひとつのストーリーが見えてくる。次のステップにはいくつかのバリエーションが考えられるが、この実習ではこれらのグループ編成したものを模造紙の上にならべ、グループ間の関係を矢印などで関係づけ、ひとつのストーリーを作らせている。そしてそれを5分程度で発表させている。

4、実習結果の例

 実習は一回生対象に毎年行っているので、これまでに相当数の完成模造紙ができあがっている。それらをすべてとりあげられるわけではなく、その中のほんの数例を紹介してみよう。

例その1−題名「人と森」

〈自然の摂理〉

植物 シイの木、キノコ、ヒノキ、スギ、背の高い木、元々シイが優先していた、トゲがあるタラの木、根元付近から新しい枝が生えている。木の倒れた所に光りがさし新しい木が育つ。

水 湧き水、湿気が多い、じめじめしている。

光 木の葉の隙間から光りがもれている、森は暗い、直射日光が当たりにくい、木の葉の隙間から光り。

生物 蚊が多い、クワガタの死体、蜂の巣あり、微生物が多い、イモムシ、ダンゴムシ大量発生。

地面 枯れ葉が地面に積もっている、黒っぽい土、地面がふかふか、土層の分化、地面がやわらかい、やわらかい土壌。

人工的 ヒノキの皮の屋根、ゴミ少し、周辺に道路。

〈人間の感覚〉

香り 土の臭いがする、朝のにおいがする。

癒し 雑音がなく鳥とか風の音だけ、しずかである、落ち着く、空気がうまい、新鮮なさわやかな感じ。森林浴は目にやさしい。

涼 森はすずしい、風がやさしい、木陰はすずしい、コンクリートより涼しい。

例その2−題名「保存と保護」

〈森〉

森の型 色々な森があった、ドーム状になっていて外から中の様子がわからない、低い木が少なかった、ウラシロガシ、アラカシ、シラカシ、モミの木、コナラの林、タブの林、三重構造の林、木が大きかった、何百年も経った木が多い、何百年も経った木が森をつくる。

森の様子 森の中は暗かった、草が生えていなかった、森の中は湿度が高く涼しかった、土からいいにおいがした、森の中は特有の香りがある、変な草が生えていた、うっすら日の光があたるところに草が密集、シャガがたくさん咲いている、ひょろひょろの草が生えている、草の繁茂。

林冠の葉の分布 光をむだなく利用、森の中にはわずかしか光が差し込まない、シイの木同士の葉の重なり合いが少ない、木と木が重なることなく生えている。

人の手が加わった森 強い風を防ぐための竹林、竹・ヒノキが集中的に生えている、手の入っていない森は中が荒れている、林床から林冠までどの高さにも植物が茂っていた、手入れされていた森は歩きやすかった。

〈分解〉

虫 虫が多い、落ち葉の下に虫がいた、どこを見ても虫がいる、アリいない、地中に小さな虫がたくさんいる、毛虫がいた。

落ち葉の分解 地面が落ち葉に覆われている、腐葉層、地面がやわらかく足が埋まる、自然のリサイクル、枯れ葉の下には栄養たっぷりの土があった。

〈自然〉

琵琶湖 琵琶湖には気候緩和作用がある、犬上川河口付近は洪水害が多い、ビワマスの産卵地域。

〈小動物〉

小動物 鳥の声が聞こえる、隔離された林から出られない動物、以外に小動物がいなかった、木の種子は動物などを介して運ばれる。

〈世代交代〉

世代交代 土中の種子は光の当たるのを待っている、ヒノキの実やドングリが落ちている、ギャップ更新

〈人〉

ゴミ ゴミだらけの森があった、プラスチックや瓶などが落ちている、ゴミが多くて汚い。

竹の侵入 竹林の侵入、荒れた竹林、竹林が増えている、枯れた竹が多かった。 



 「人と森」「保存と保護」に関して学生が模造紙に作成した図を示した。「人と森」のグループは自然の営みと人間の感覚との関係について考えてひとつのストーリーをつくった。「保存と保護」のグループは森の営みに人の行動が関わってきており、森等の自然の保全に保護が必要な部分があるとのストーリーを導きだしている。なおこの図にはデザインなどが書き込まれており、原図の通りではない。また矢印は関係や影響があることを示している。

5、おわりに

 環境問題は総合問題である。その観点から環境問題の解決には総合的な物の捉え方や考え方が要求される。また環境問題は対象が広大なのでフィールドに出て現地での状態を肌身で受け取ってこそ解決に踏み出すことができる。その意味でフィールドワークの実習ではフィールドに出ることを重点においている。高校までの授業ではこのような経験は皆無に近いため、大学での教育が是非とも必要でありその効果が大きいと期待できる。このフィールドワークでは森をとりあげ、その場を体験しつつ総合的な物の捉え方や考え方を学んでいる。

 この授業は環境科学部の全学科の1回生が受講している。入学したてではあるがそれぞれの専門の立場から環境問題の発見と総合的なものの捉え方や考え方を習得してほしいと考えている。