植物エネルギーの可能性 −地域資源の新しい利用で環境を変える−

環境フィールドワークII

環境生態学科 野間直彦・上野健一

環境計画学科 土屋正春

生物資源管理学科 秋田重誠・高橋卓也・泉泰弘



1. 経緯とあらまし

 2001年度の「湖国21世紀記念事業」に、大学として何か参加しませんか?と話があったときに、学生と炭を焼いたりしていた野間が、地域の植物資源をエネルギーに使う新しい方法を楽しみながら学ぶような実習ができないかと考えた。企画が通り、この項の筆者に近雅博・近藤隆二郎を加えた8人が集まって、多くの方の助言を得て「環境フィールドワークII」の一つのテーマとして実行することになった。化石燃料に代わるエネルギー源の開発と、管理放棄された農林地の環境回復を目的にした試みが大学の近隣でも始まっている。それらの活動の協力で、次の2つのテーマを研究することにした。

  1.  植物油の自動車燃料化:ナタネの刈取や搾油を体験し食用油からの自動車燃料(バイオディーゼル燃料(BioDiesel Fuel)、以下BDF)精製を行う。愛東町などの「菜の花エコプロジェクト」、県立大学工学部山根研究室に協力を求める。

  2.  木材の新しいエネルギー利用:間伐材・残材の搬出や炭焼きを体験し、木質火力発電を含む木材の燃料利用を行う。大滝山林組合、多賀町、滋賀森林管理署、滋賀県湖東地域振興局「森林発電プロジェクト」に協力を求める。

 いずれも、手足を動かして作業を体験しながら調査することを基本に、必要な労力・費用などを測定し、環境・生物に与える影響や、普及させる上での課題について議論することをめざした。

2. 課題の内容

2-1 ナタネ畑の環境と昆虫

 「菜種油からディーゼル燃料を作成する」前段階として、ナタネ(アブラナ)がどういう植物であるのかを知ることは不可欠である。そこで、あいとうマーガレットステーションの開花最盛期にあるナタネ畑の観察を行った。ナタネ植物のスケッチを行うとともに、形態的特徴を同時期に路肩や河川敷などで開花している野生化したカラシナ(ナタネと同属植物)と比較した。

 エネルギー植物としてナタネを大規模に栽培することになれば、動植物の多様性が失われるといった生態系への影響も懸念される。そこで今回はナタネ畑に集まる昆虫に注目し、ナタネの単作畑(マーガレットステーション)とカラシナ自生地(犬上川沿い)の昆虫を捕虫網によって採取し、その種類と数とを比較した。なお、採取はナタネ畑が全員(30人)、カラシナ自生地は1班のみ(5人)で行ったが、延べ時間は同一(15時間・人)とした。その結果、ナタネ畑ではニホンミツバチとセイヨウミツバチで全体の6割を占めていたのに対し、カラシナ自生地ではハチだけでも7種類が生息するなど多様性の大きいことが明らかとなった。しかし一方で、ナタネ畑では在来種のニホンミツバチが多く見られたことから、日本全体で急激に減少していると考えられているニホンミツバチにとって好適な生息地となる可能性を示した。

学生によるナノハナのスケッチ

2-2 ナタネの栽培・利用とバイオディーゼル

 ガソリンや軽油の代わりに粘り気のある植物油で自動車が走るというのは少々イメージしにくいかもしれない。そこで、学生にナタネ収穫からBDFを製造し、最終的に車を走らせるところまでを体験させることとした。またナタネBDF普及の可能性を探るため、ナタネの生産性を作物学的に調査するとともに、BDF製造についても経済的評価を行った。

 あいとうマーガレットステーションで直播および移植栽培されているナタネの収量調査を行った。6つの班が直播畑および移植畑から各1区画(2m×2m)ずつランダムに選び鎌で刈り取った。袋詰めして持ち帰り大学の圃場実験施設で風乾し、後日脱穀して種子重および茎葉重を測定した。その結果、単位面積当たりの株数では直播(160本/m2)の方が移植したもの(5本/m2)よりも30倍以上多かったが、種子収量はそれぞれ180g/m2と150g/m2で、プロット間のばらつきを考慮すると有意な差があったとはいえなかった。また、収穫指数も直播栽培が26%、移植が24%で大きな違いは認められなかった。ただし、栽植密度の大きい直播畑では刈り取りに移植畑の2倍程度の時間を要したことから、手刈り収穫では超密植が不利であるという結果になった。逆に今回の移植栽培のような極端な疎植になると、茎が太くなりすぎて機械収穫に支障をきたすため、生産性のみならず作業効率からも適正な栽植密度を考慮する必要があるといえよう。なお、ナタネの反収は全国平均(194g/m2)を下回ったが、マーガレットステーションでは年々減収していることを考えると連作障害が原因である可能性が高く、大規模単作を導入するための検討課題であろう。

 脱穀は、足で踏む・棒で叩くといった昔ながらのやり方で種を落とし、篩で夾雑物を除去して種子を回収した。さらにジャッキ式の小型手動搾油機による搾油も実施した。収率を計算してみたところ、手作業で搾油する場合の限界とされる25%(重量比)を若干上回った。ナタネを大規模に栽培して燃料化することを想定すれば、廃食油のリサイクルよりも絞った油をそのまま原料とする方法が主流となることは言うまでもない。そこで、02年度は未使用の菜種油からBDFを作成することとした。「菜種油から燃料へ」というプロセスを完結するためにはBDF作成に必要な植物油は収穫したナタネでまかなうべきだが、搾油に予想していた以上の手間がかかるため、市販品を購入して実験に用いた。


 工学部機械システム工学科の実験用プラント内で、山根浩二教授の指導のもと、菜種油・メタノール・水酸化カリウムを置換反応させ、洗浄・脱水過程を経てBDFを得た。得られたBDFと軽油の燃費を比較するため、圃場実験施設が所有する運搬車のテスト走行を行ったところ、消費燃料当たりの走行距離にはほとんど差がみられなかった。ただしBDFの作成には、プラントの稼働コストを含め材料費だけで少なくとも222.5円/リットル(軽油の3倍近く)かかった。さらに、軽油に上乗せされている 32.1円/リットルという取引税がBDFにも適用されるとしたら価格面で全く太刀打ちできないのは明らかである。BDF普及には生産コストを下げる努力が必要なのは当然であるが、ナタネの収量を上げる、生産費を下げる、あるいは大規模プラントによってBDF製造を効率化するといった技術的側面の解決のみでは限界があるということも学生には実感されたようだ。なお、今回のプラントでは菜種油30リットルと反応させるために6リットルのメタノールを使用した。メタノールは化学的に合成せざるを得ないが、これを植物由来のエタノールに置き換えれば、さらに化石燃料の消費を抑えることが可能になる。したがって、ナタネなどの油料作物ととも手動搾油機にサトウキビ、キャッサバといったアルコール用作物の生産も拡大することが望ましいと考えられる。

2-3 植林の植生調査と間伐

 植生調査では、1本1本の草木を詳細に記録することを通して森の姿を定量的にとらえる。いわば、木も森も、ひっくるめて見る技である。10m×10mの正方形の枠をとっての毎木(まいぼく)調査では、設定した枠内で1本1本の木の種類、胸の高さでの太さ、てっぺんまでの高さを記録していく。1m×1mの枠を置いての被度(ひど)調査では、その枠内で草や低木が森林の地面をどの程度カバーしているかを記録する。フィールドとしては多賀町・八尾山の国有林のヒノキ林を使用させていただいた。本グループのこれまで2回のフィールドワークでは、まずグループ全体で間伐を行う前の森林で植生調査をして、後日、担当の班が、ほぼ年齢が等しい間伐済みの森林で同様の調査をした。間伐の効果を見るためである。02年の結果では、間伐をしていない森林では平均被植率51%、種数が19であるのに対し、間伐済み林では平均被植率81%、種数が32、であった。この結果から受講生には、間伐により切りすかした森林の地面が明るくなり、草や低木が地面をより広くカバーするようになっていることを確認してもらった。日本の森林・林業の問題点として、間伐の遅れがよく挙げられる。間伐の遅れがもたらす害としては、土壌浸食、森林の不健全化、生物多様性の喪失など、いろいろとある。我々のフィールドワークでは、間伐の遅れにより、森林の地面が裸になり侵食の恐れがあること、そして、草や低木の(さらに、それらを食べる動物の)生物多様性が失われていることを、自分たちの取ったデータによって確認することができた。

 間伐作業では三十数名の受講生が立木を切り倒す作業を行うため、作業の指導、作業用具等などについて、国有林、県の湖東地域振興局からの多大なるご支援を受けて当日の作業を行った。間伐をしていないため木と木の間隔が短く、木を倒す際に、隣の木にひっかかって倒すのに苦労をすることが多くあった。また、丸太を担いで傾斜地を歩いて道路端に運び出すのもかなりきつかったようだ。植生調査・間伐と、山林での調査・作業の後では、受講生諸君からは「疲れた」、「大変だった」という声がよく聞かれた。山での作業の大変さを体験し、あわせて間伐材がそれほど高く売れないことも知り、間伐の遅れの理由を体感することができたようだ。

2-4 炭焼き

 多賀町・高取山ふれあい公園にある森林発電プロジェクトの炭窯を使わせていただいた。01年は大滝山林組合から提供いただいた広葉樹材、02年は自分たちで間伐したヒノキ材を炭材とした。以下、2年目の作業の進行を例として追ってみる。5月27日午後、約5時間かけて受講生全員で炭材を窯に詰め燃材に火を着けた。翌28日午前4時ころ炭材に着火し、以降蒸し焼き状態が続く。4日目の30日に炭化過程は終了した。この4日間、受講生は交代で常駐し、窯の温度の測定、木酢液の回収、窯から出る煙の色・香りの記録を続けた。

 1,212kgのヒノキ材を投入し、木炭が190kg得られた(炭化率=16%)。そのほか、木酢液を59リットル回収できた。収入を試算したところ、67,000円という金額が得られた。フィールドワークで体験的に大人数で作業をしたのを、そのまま労賃を支払うものとして計算すると大赤字になってしまう。大滝山林組合での通常の作業効率で計算しても、収支トントンであることが判明した。受講生は、ビジネスとしてみると炭焼きはなかなか大変なものであることを実感するとともに、炭焼きの側面的な効果(森林レクリエーション、森林整備とのつながり)にも注意を向けることができた。


炭焼き:火の番

2-5 木質発電

 多賀町・高取山にある木質発電実験プラントは、平成12年度の「林業白書」にも紹介された先進的なものである。このプラントは、「森林発電プロジェクト」という形で市民が自分たちの力で作り、運営しているという点で全国的に見てもユニークなものである。

 そのプラントで、木炭を使っての発電実験を体験することができた。02年の実験例では、1日24時間このプラントがわれわれの測定した効率で運転できたとした場合の仮想的発電量は、1日2.4kwhであった。また、その際に必要とされる木炭の量は120kgであることが計算された。収支面から見ると、外国産の安い木炭を使ったとしても、実用にはまだ課題が多いことがわかった(ちなみに高取山では現在、木質ペレットを燃料にした発電に取り組んでいる)。

 ただし、受講生の多くは、バイオマス・エネルギーの利用は地球温暖化対策の面で推し進める必要があり、公的な助成の仕組みが必要であるとの見方を持つにいたったようである。また、アイデアを具体的なシステムとして立ち上げる際の困難さも知ることができたのも成果であるといえる。

3 授業の評価

3-1 毎回の提出文にみる学生の評価

 ほとんど毎回のように学生には400字程度の課題を課したが、その積み上げから学生達の受け止め方を大体把握することができる。なによりも実際のプログラムについては「こんなに大変な授業は他には絶対にない」といいながら、「こんなにいろいろと考えさせられたことはなかった」という感想が圧倒的に多い。総体的には有意義なプログラムだと受け止めている。しかし詳しくチェックするといろいろと配慮すべき指摘も多いことが分る。学生によるマイナス的評価の代表的なものは、内容が多岐にわたりすぎで、理解が十分に行き届かないまま、次の場面に移動することについてのものである。次は、十分な資料の提供がないままに現場を観察することについてである。このどちらもが「フィールドワーク」という時間の組み立てをめぐる本質的な問題にかかわることはあきらかなことだ。この授業を「考えるための現場のヒント」と位置づけるのかどうかが大きな分かれ道になるのだろうが、学生達の指摘は教員側の迷いを見透かしているような気もしている。

3-2 アンケートによる学生の授業評価

 学生に、授業の評価をアンケートの形できいた。まず、1)それぞれのテーマ、菜の花畑の生態調査(A)、菜種の刈り取り(B)、森林植生調査(C)、間伐(D)、BDF製造(E)、脱穀と搾油(F)、炭焼き(G)、森林発電(H)、に関して、『大変興味がもてた、やや興味がもてた、あまり興味がもてなかった』のいずれであるか、またその理由を述べさせた。さらに、2)授業に主体的・意欲的に取り組めたか、3)地域のさまざまな方に授業の中で協力をうけたが、これについてどう思うか、4)作業と課題の量はどうか、に関しても質問した。1)興味の度合いが高かったテーマはD、E、Gであり、低かったのはA、C、Hとなった。高い理由として、未経験の作業を体験できた、自分で物を作る楽しみ(炭など)、実用性のある自然エネルギーに触れられた、などがあげられ、逆に、事前に知識がないと現象の理解に時間がかかる調査的内容や、実用までに時間のかかりそうなテーマには関心が薄かったようだ。2)に関しては、多くの学生が自主的に参加できたと答えており、3)についても、学外での授業実施により現場での様子が理解できてよかったとの感想がほとんどであった。一方、4)に関しては、作業の分量が多い、より効率的な授業方法を望む、といった意見が出された。作業前の学習時間をとる、同じテーマで班毎に競い合った課題を考える、などの改善案も出された。

3-3 学生からの評価についてのコメント

 この授業の中でわれわれ教員自身が気づかされることは多いが、その第一は、なによりも学生達とわれわれ(特にその中でも年長の教員)との間にある生活体験の違いのもつ意味である。例えば炭火で調理をした経験があるか、薪割りをしたことがあるかなどで、この実体験があるかないかで、このプログラムの受け止め方は大きく違うのではないかということでもある。第二は、そこから派生することでもあるが、そうした体験のない世代は極めて合理的な思考方法を対象に投げかけるということである。炭焼きを保存したいがなんとかならないだろうかという問いに対して、経済的に成立しない努力は無駄ではないかと応えるのがその例だといえる。ここでの「合理」の範囲を、彼らに考えさせることができればよいのだろうが。

3-4 教員による授業評価

 前期終了後、担当教員による授業評価に関する2回の会合を実施した。授業成果と改善内容に関して異なる分野の複数の教員で統合する作業は、新鮮な体験であった。議論の一部を紹介する。

フィールドワークの基本理念とテーマ設定に関して、

授業の質をどのレベルに設定すべきか。教養教育的性格か、環境科学に向けた専門教育か。

テーマに即した内容となっているか?焦点を絞り込む必要がある。植物資源・地域での活用・社会の活性化、などがキーワードとなる。エネルギー問題を環境問題と絡めてとらえる必要はあるのか?

生態調査は本テーマと関係ないという立場をとる学生がいたのは残念。“環境“の意味するところを伝えきれていない。

などが議論された。

指導に関しては

体験学習から問題の分析・理解へ誘導することが重要。

突っ込んだ分析的思考を実施させるために、課題設定は明示的に教員側が行うべき。例えばリサーチ・クエスチョンを設定して毎回解かせていく。

などが議論となった。

授業形態に関する改善策として、

作業量は多すぎないか?

予習とまとめの時間を十分とる。するとフィールドに出る時間が減少しないか?

複数班による相互議論を取り入れる。自主的に議論が活性化するにはどうしたらよいか?

現在のテーマに一貫性があるか?

などの点を議論した。

 これらをふまえ、基本方針は動かさず、今後の授業に向け、A)各週・全体で課題となる明確な問題設定を考える、B)全員がこなす主テーマ(菜種の栽培・刈取り・搾油・利用などと、森林の調査・間伐など)と、自主的に参加するサブテーマ(炭焼き、発電、自治体や組合の果たす役割など)を複合する、C)作業内容に一貫性を持たせる。例えば、菜種栽培―搾油―BDF(廃食油や買った油をBDFにしていた)、針葉樹の間伐材をペレット化する(炭焼きに労力をかけていた)。D)十分な事前予習をし、作業内容をより効率化する、といった具体的な改善案を検討した。

 エネルギーの専門ではないわれわれだが、このテーマでできることはいろいろあるのではないかと考え、教育効果と授業成果を上げるために試行錯誤を繰り返す。これからも、乞うご期待。