バイカル湖畔で循環型環境社会を学ぶ

環境生態学科

三田村緒佐武

 昨夏,再びバイカル湖を訪れる機会を得た。私たちバイカル湖研究グループの第二ステージ「バイカル湖の物質負荷・循環過程が駆動する巨大湖の生物生産・生態変動システム」が始まった。湖の研究を志す者だれもが秘湖バイカルにあこがれる。バイカルを訪れる者の心をときめかすのは,精霊さと至宝であろう。湖畔からは想像もできないが,世界一の深湖(定まった値がなく1741mとも1642mともいわれる)である。また,世界最古の湖(2000〜2500万年前)でもあり,固有種は1000種以上にのぼるという。まさに世界遺産である。

 ロシアは,チェルノブイリの事故やアラル海の危機をはじめ多くの環境問題をいまだに引きずっている。その一つ,バイカル湖では東岸のバイカリスクにあるセルロースコンビナートから排出される汚濁水が,世界一といわれた水の透明さ(記録ではバイカル湖の透明度は41mで摩周湖の42mに匹敵する)を誇るバイカル湖を一転させ,夏には琵琶湖北湖より透明度が低くなることさえある。このプランクトン増殖メカニズムの解明と富栄養化対策はバイカル湖再生のキーワードである。湖沼の生元素循環を中心とした富栄養化比較研究は私の琵琶湖研究課題の一つである。

 さて,社会主義崩壊から久しいが,旧ソヴィエト連邦から幾多の民族国家が独立したとはいえロシアにはまだ社会主義経済が色濃く残っている。広大な国土が人々をそうさせるのか,あるいは国民性か民族性か。バイカル湖畔の町イルクーツクでは,崩壊したはずの社会主義経済をかいまみ,私たちがいかに資本主義経済の真っただ中で生活しているかを気づかせる出来事が起こる。

 市場でスイカを買ったときのことである。スイカを傾いた上皿天秤に載せその重さから値段を私たちに告げるのはいいが,カペイカ(ルーブルの補助通貨で取るに足りない金額)まで計算し代金を要求する。しかも小銭を持ち合わせていないため端数を値切ると売ってくれないし,釣りはいらぬと多めに支払っても釣り銭がないと売ろうともしない。これが噂に聞いていた公務員の売り子であろう。また,破れそうな薄いプラスチック袋を食料品買出しで願い出るとルーブルを要求され,果ては,定宿の食堂でも,砂糖,塩,クリープ,爪楊枝にいたるまで代価を一つ一つ古びた電卓する。しかもレジに長蛇の行列があろうとお構いなしである。物にはそれぞれに価値があり値段があると言わんばかりである。これら社会主義経済の効率の悪さに始めのうちはいらだちを隠せなかったが,しばらく付き合っていると時間が悠々と流れる社会がここちよく楽しめるようになってくる。

 逆に日本の経済システムの方が妙に気になってくるから不思議である。携帯電話の本体価格が無料,写真のプリント代が0円という看板が目に付くが,ただより安いものはないと飛びつきだまされ無駄をしていることに気づかない日々を暮らしている(当然売り手は他のものを高く売りつけ帳尻を合わせているに違いない)。しかも循環型環境社会の構築なんていいながら,環境学者までが消費社会システムが経済を活性化し生活を豊かにすると信じて(たぶん事実であろう)無駄な買い物に財布の紐をゆるめるとはあきれてしまう。環境学を標榜する日本の大学・研究機関の現状をロシア人が見れば驚きを隠しえず,真の環境問題解決の道はやはり桃源の建設だと社会主義経済システムへ逆戻りしたくなるのではないだろうか。

 古きロシア社会は,まさに循環型環境社会の基本を実践しているかに見えた。私たちが二十世紀に置き忘れた「ものの大切さ」を教えてくれ,環境問題解決のあり方を考えさせられた旅でもあった。しかし,所詮洞ヶ峠の自分のこと,ただちに我が国の経済システムに同化されてしまう。まだまだ人生修行が不足しているのであろう。

 これから数年の間,私たちのバイカル湖研究が継続される。その研究成果に期待を寄せつつ,今世紀の環境時代を生きるために,第三の哲学を学ぶことを心がけたい。今早春の氷で閉ざされたバイカル再訪を今から心躍らせている。