琵琶湖生態系の環境動態

三田村緒佐武・安野正之・後藤直成・丸尾雅啓

<実習の目標>

 本グループの目的は,複雑に絡み合った水圏生態系の構造と機能を解きほぐし,そこで生じている環境問題を認識し,改善に向かって行動できる担い手を育成することである.滋賀県立大学の学生に最も身近な琵琶湖生態系に焦点をあて,場の環境動態を理解するため,さまざまな視点から場の構造と機能を解明する.したがって,このグループを選択する学生は,半期を通して琵琶湖のあるがままの姿を学び,野外で生じている水圏環境動態を理解することにより目標を達成することができる.主として実習船を使った湖上観測と,琵琶湖から採取した試料の分析・解析を実験室で行う.実習に使用する調査船「はっさか」に乗船定員があるため,募集定員を15名以内としている.野外での調査・観測を必要とする内容が多く,気象条件によっては予定日に授業を進めることができないため授業時間外(土・日含む)に行うこともある.

 琵琶湖生態系の環境動態を空間的・時間的に把握するために,以下の流れで実習を行う.

(1)琵琶湖の沖帯と沿岸生態系の観察

(2)湖上観測の基本技術の習得

(3)琵琶湖盆の計測

(4)琵琶湖の無機環境と生物構造の観測

(5)琵琶湖の富栄養化の実態把握

(6)琵琶湖内湖の機能


このほか,琵琶湖集水域環境を把握するため,流入河川調査をおこなっている.以下に過去の実施項目,報告書から学生が実施,結果から実感した内容について記す.


<実習船 はっさか>


A.琵琶湖とその集水域の生態系の観察

<集水域地形と生態系の特徴を調べるため,バスで北湖沿岸を一周する.>

「大谷川」

 比良山系からおりてくる大谷川は天井川で礫が多く観察された.水量は少なく水が伏流し,地下水は多いと推測される.砂の上に石や岩が多く見られたが大雨の時に運ばれてきたのだろう.植生は,ヨモギやコバンソウ,クズなど,乾燥したところに生える植物が中心.

「新旭湿地帯」

  新旭浜園地は滋賀県鳥獣保護区に指定されている.疎らな柳林で,林床はシダ植物や草丈50〜80cmセンチぐらいの単子葉類植物に覆われ,水がたまっているところもあった.湖岸の水際にヨシが生えていた.湿地の木道を渡っていくと,黒い水(Black Water)をみつけた.植物からできた炭素の多いフミン酸,フルボ酸がたくさん含まれpHが4.5ほどの酸性になっている.湿地では植物の枯死体がたまっていくが,嫌気状態にあるために有機物が分解されにくく泥の中にのこって茶色く濁っている.有機物が多い環境では微生物も多いが,水中の硝酸濃度が低く脱窒はあまり活発でない.

「海津大崎」

 ちょうど桜の季節で,花びらが湖の水面にたくさん浮かんでいた.琵琶湖のなかでも一番ではないかと思うほど水はとても澄んでいた.さわるとヌルヌルする石を多く見かけた.外見上根の様になった部分(仮根)をもつ淡水藻,付着藻類と考えられる.ヨシは疎ら.沈水植物が見られた.水際までサルトリイバラのような陸生の植物が見られた.浜には特にレキが多くごつごつとした印象を受けた.石をどけると巻貝が見つけられた.

「湖東と湖西の違い」

 琵琶湖は東部が浅く西部が深い.

 湖西に山が迫って,湖盆が深いのは,西側が全体に沈降しているからで特に湖北で顕著である.東岸は平野が広がっていて,山と琵琶湖に距離がある.風は主に西から吹くため,風を遮るものがない東側で強い.波も東の方が荒い.西側は石や岩の多い湖岸であるが,東側では粒子の細かい砂浜が形成される.琵琶湖の漁法である「えり」も今津辺りでは小規模であるが,東部では水深も浅いため大規模に行われている.

B.調査船「はっさか」からの観察

<琵琶湖上から集水域の地形と生態系の特徴,湖盆の形態を調べる.>

水産試験場→姉川沖→竹生島→安曇川沖→沖ノ白石→多景島→(宇曽川沖,彦根港)→水産試験場

以下の項目を測定(採取),記録した.

測定地点,水深:GPSと魚群探知機

気圧,風向,風速:気圧計,風向計,風速計

気温,泥温,表面(深層)水温:棒状アルコール温度計

水色:フォーレル水色標準液

採水:バンドーン採水器,北原式採水器

採泥:エクマン・バージ採泥器

透明度:透明度板

プランクトンの採取:定性プランクトンネット(NXX13)

プランクトン同定:ルーペ,光学顕微鏡(実験室にて)

「竹生島」

 まず目に入ったのが,島の約半分にあたる木々が枯れて山肌が露出していたことである.たくさんのカワウが巣をつくって糞害で木が枯れている.外来種の魚が増えてカワウの餌が増えたためと聞いたことがある.竹生島は滋賀県最大のサギの集団営巣地でアマサギ,チュウサギ,アオサギなど6種類のサギの営巣が確認されている.約10年前からカワウが激増し,カワウに追われたサギは一時最盛期の5分の1以下の数百羽まで減少した.カワウを銃器などで駆除してきたが,優位は変わらない.樹木は本来サギが営巣に利用していたが,カワウに追われ現在は地上で営巣している.

「沖ノ白石」

 周辺の水は緑がかって濁っていた.プランクトンが多く存在しているからと推測できる.藻も浮いていた.水深50mの水を採取して飲んでみた.冷たくておいしく感じたが,どこかまったりしているように感じた.

「多景島」

 鳥が多く生息し,卵も見る事ができた.島自体は岩が露出し,かなりゴツゴツしていた.林床はササで覆われていた.周辺は岸壁になっていて,サツキが生えていた.ハヤブサが大きな岩の上を回るように飛んでいた.下を見下ろすと,絶壁が湖面に落ち込んでいた.地面はコケ植物が多く,水分が多く供給されるらしい.岩場から水深30mの水を採取したが彦根沖の水より明らかにきれいだった.多景島の人はこの水を飲んでいる.私達も飲んでみた.水道水より飲みやすかった.

「湖底泥」

 多景島や白石沖で採取した湖底泥はシルト状できめ細かかった.表面は茶色で,酸化鉄と考えられる.表面の下は灰緑色で,含まれる鉄が硫化鉄に変化したと考えられる.においは硫化水素臭であった.糸のように見えたのは硫黄酸化細菌,チオプローカと考えられる.肉眼では生物を観察できなかった.50m以上の深さで陸地や河口から距離があり,太陽光が届かず泥温が低いので,浅い所にいる生物が住みにくい環境になっている.

 宇曽川河口沿岸は,他の2ヶ所に比べ泥の粒が粗かった.河口沿岸付近では大きな粒子が沈殿,堆積し,沖では少量の細かい粒子しか運ばれないからではないか.草の根,カワニナや蚊の幼虫が観察できた.

「透明度」

 多景島,白石沖と比べ宇曽川河口の透明度が低かった.透明度に関係する要因は,湖岸からの距離と水深と考えられる.湖岸から近いと,河川から流入する懸濁物質(有機物含む)や生活排水に含まれるリン(P)窒素(N)により 植物プランクトンが増殖する.また波にさらわれた土砂も漂っているため透明度は低くなる.

 多景島沖より白石沖の透明度が高かったのは,水深が関係していると考えた.湖岸からの距離は変わらないが,安曇川方向に向かうと急に水深が深くなる.安曇川からの生活排水や土砂は深部に降下して沖にあまり流れない.湖東から白石沖へは水深が緩やかに下がっている.湖東は町がひらけているのに対して,湖西は岸に山が入り込んで湖東ほど大きな町はなく人口も少ない.湖東の生活排水が影響しているのではないか.

「pH・水温」

 多景島,沖の白石のpHは表層で弱アルカリ性を示すが水深が深くなるにつれて中性に近づく.宇曽川河口は水深が浅いのでpH下降が見られなかった.琵琶湖で炭酸の多くはH2CO3,HCO3−として存在する.植物プランクトンが光合成をしてCO2を消費すると平衡が移動してH+が減少し,pHが上昇する.光合成によってpHがどの深度まで影響するかを考える.植物プランクトンの一日の光合成量と呼吸量が等しくなる深さを補償深度といい,透明度から予想できる.水面直下の相対照度を100%とすると,透明度の深さでは12〜20%程度に低下する.相対照度の約1%に相当する深度が補償深度に近いことが知られている.これは透明度の2〜2.5倍に相当する.各地点の補償深度は水深約8mと予想される. 水温は水深が深くなるにつれて下降している.この時期琵琶湖ではある一定の深さまで水温が一定である表水層が形成されていると考えられる.観測結果より表水層は水深15〜20mまでと予想される.

「植物プランクトン」

 表層付近では植物プランクトンが多く観られた.少し深いところから動物プランクトンが多く観られた.日中動物プランクトンを餌にしている小魚が表層付近にいるため,捕食を回避するためにこんな行動をとるようだ.深層水は,表層のようにプランクトンは目視できずかなりの透明度があるように感じた.プランクトンの増減も水質に影響を与える一つの要因だろう.増減の原因には栄養塩の高い生活排水など人為的要因もあるだろう. 持ち帰ったプランクトンを光学顕微鏡(400倍)で観察した.数は水深5m地点が最も多かった.光合成量によるpH変化が予想できる.植物プランクトンは補償深度より深い場所でも生存できるが成長できない.10m地点ではケイソウ類が多かった.オビケイソウはどの深度にも分布していたが,40m地点では色が薄く,数も少なかった.

「まとめ」

 調査船から琵琶湖を調べてみると,陸上から見ているよりもずっと大きく見えた.琵琶湖は日本で最も大きな湖だけではなく,400万年の歴史をもつ世界有数の古い湖であり,多くの内湖や西の湖のヨシ原など独特の自然と生態系が形成されてきた.一見安定した自然の豊かさをもっているように見えるこの湖でも,竹生島のように生態系が撹乱されている.生態系の変化のシステムを解明し,琵琶湖の豊かな自然環境の保全に還元していくことが重要である.

C.琵琶湖に見られる水草の採集と同定

水産試験場内水路,長浜港付近,松原沖でカギ型フックを投げ込み,引っかけて採集した.コカナダモ,オオカナダモ,エビモ,ササバモ,マツモが採集できた.コカナダモ,エビモ,マツモは環境の変化が大きいところでも生息できる.エビモは夏に枯れてしまうが,ヒシやヒルムシロなど浮葉植物に水面を覆われるためといわれている.ササバモは田や畑の肥料,マツモはアクアリウムの鑑賞用水草に利用されている.夏には,コカナダモ,オオカナダモ,エビモ,マツモ,ネジレモ,クロモなどの出現頻度が高い.コカナダモは1960年代初めに琵琶湖に侵入して以来,全湖で盛んに繁茂している.カナダモ類は異常繁殖して,航行や漁業に支障をきたすので,刈り取り機で毎年除去している.

D.犬上川・芹川の底生生物

<犬上川>

2000年6月,犬上川開出今橋付近

 33cm,25cm四方のサーバーネットを川底に設置し,深さ約5cmの範囲内にある石や砂を水中で洗い,石に付着または砂中の底生生物を川下で捕らえ実体顕微鏡で観察した.最も多く採取されたヒゲナガカワトビケラは,L(3cm以上),M(2〜3cm),S(1〜2cm),SS(1cm以下)に分別,計数し,流れの急なところと,緩やかなところで比較を行った.急なところでは比較的大型,小型のものが,緩やかなところでは中型の個体が多かった.ヒゲナガカワトビケラは大礫底に産卵,若齢幼虫は小礫底に移動,成長後に再び大礫底に戻ると考えられる.多くの生物は流れの速さに関係なく生息していたが,ユスリカは緩やかなところに多く生息していた.


<芹川>

2001年6月,芹川上流.水温;14.3℃ 

 山奥で多くの緑に囲まれ,ゴミは全く見られなかった.川の水は膝くらいまでで,深い所もあった.川底は礫が多く,周りに多くの岩があった.

−発見された種−

ミドリカワゲラ(A),カミムラカワゲラ(A),オオヤマカワゲラ(A〜B),ヒゲナガカワトビケラ(A〜B),ナガレトビケラ(A),ダラカゲロウ(A〜B),ヒラタカゲロウ(A〜B),タニガワカゲロウ(A〜B)

A:きれいな水 B:少し汚れた水 C:汚れた水 D:大変汚れた水

 芹川上流はほぼきれいな水質だが何らかの影響をうけて少し汚れている,という判定結果が得られた.

 自らの手で水生昆虫を捕獲し,種類から川のキレイさを知ることができた.生態学的にも芹川上流はきれいだとわかった.化学的にでなく,住んでいる生物の種類を調べる事も川を知る調査の手段になると実感できた.水生昆虫だけでなく,水生植物,魚類からも河川が汚れているかキレイかがわかるだろう.自ら自然に触れ周辺の川に目を向けるきっかけになればよいと思う.

E.河川の水質測定

<彦根市を流れる代表的河川で採水分析し,まわりの影響について考える.>

 各グル−プで採水場所を定め,現場で水温,pH,電導度,アンモニア,硝酸イオンを測定した.水を持ち帰り,リン酸をモリブデンブルー法で測定した.

「芹川」

 上流から下流まで,リン酸,硝酸,アンモニア,電導度はあまり変動しなかった.下流は芹川町の一部をのぞくと生活廃水の流入はない.リンや硝酸の流入量に対して,水量が比較的多く,高い数値にならなかった.

「平田川」

 周辺は住宅,田畑が多く,上流に工場があり,川に植物も少ない.排水が多量に流れこみ消費が追いつかず,下流に行くにつれリン酸,硝酸とも濃度が高くなると考えられる.河川が比較的小さいため,少量の排水でも,大きく影響を及ぼす.

「犬上川」

 犬上川のリン酸濃度は比較的低かった.市内の流域面積はそれほど広くなく,生活排水や工場排水の負荷が小さいからであろう.

「宇曽川」

 本流より支流で電導度とリン酸濃度が低かったが,原因として,家の戸数の少なさがあげられる.田畑の量は他の地点と比べ多いくらいであった.

 地理的に近い4河川の水質は異なることが分かった.下水道整備や河川改修といった人間活動の影響がどれほどか気になる.46.7%(滋賀県・全国平均55%)という下水道の普及率から,人間の負荷は多大なものであると言うに憚らない.農薬など人工化学物質の残留も現時点で,河川生物に大きく影響している.水質もまた,人工物質と人間の集中によって汚染され続けているのだ.医療技術や情報・通信技術が目まぐるしく発達する中で,果たしてどれだけの時間と金銭が環境保全のために使われたのだろう.一方で自然保護を謳いながらも,他方で人間の欲望を追求していく姿は以前と変わらない.

 汚れた水や空気の中にあって自分の家の中さえ平和であればそれでよしとする人間が多いのではないか.そんな大人を見て育ったのか,他人のことを考えない子供の増加が社会問題になっている.

 環境問題の終点は,あらゆる問題の解決に通じているような気がする.

F. 琵琶湖内湖とヨシの機能

<ヨシを採集し,ヨシ群落帯の役割を調べる.また,ヨシ博物館の西川館長にヨシの話を伺う.>

2002年7月1日(月),天候:曇り時々雨のち晴.西ノ湖でヨシ密度を測り,ヨシを採集し付着物をポリ瓶に集めた.ヨシ密度は,定規を用い,正方形を作って中に含まれるヨシの本数を数えた.正方形の面積(225cm)における本数から1あたりの密度を求めた.長柄の鎌を用いヨシを根元から採集した.ヨシの根元の付着物を剥がす際はブラシを用い,蒸留水ごと瓶に流し入れた.


<ヨシの採取>

ヨシのサイズ:高さ:273.6cm,葉の長さ:約30〜50cm,平均43.5cm

西ノ湖のヨシ生物量

 ヨシ面積:90ha(水ヨシ60ha,陸ヨシ30ha)

 1mあたりのヨシの地上部の生物量(陸ヨシ)が51.26g×711本/m=36.45kg,水ヨシでは水深31cmを考慮して,根から30cm分の生物量を引いて,23.74kgである.したがって,ヨシ面積当たりでは36.45×30×10000+23.74×60×10000=25180トンとなる.ここから西ノ湖一帯でヨシが吸い上げる窒素,リンを計算した.ヨシ地上部の乾燥重量の1%を窒素,0.1%をリンとし,琵琶湖の窒素とリンの現存量を10000トン,240トンとした場合,琵琶湖全体に対しそれぞれ2.0%,8.3%になった.

 湖や内湖で植生するヨシは鳥の隠れ場であったり,魚の産卵場所であったりして,多様な生物が生息している.外来種の進入が防がれ,固有種の稚魚が守られるということ,波を防ぎ土壌の流出を防ぐ効果が考えられる.昔は全国で見られたが今は特殊な光景となっている.ヨシは窒素やリンを吸い上げる働きを持っている.水ヨシ水没部の付着藻類も水質浄化に大きな役割を果たしている.水質浄化の観点からヨシ刈りが必要となってくる.ヨシの需要,有効な用途が必要である.現在はよしずの原料に中国産のヨシが使われ,建築の安全性から葦葺きもできないため国産ヨシの需要が見込めなくなっている.ヨシに付加価値をつけ受け入れるような市場をつくる,または,環境配慮型産業を確立することが今後の課題になる.

 琵琶湖では生育に適する環境が減少し自然のままでの回復は難しくなってきている.そのため今日では植栽が進められている.