環境生態学科この一年

環境生態学科長 

國松 孝男

 2002年度の学科長としての仕事は、前年度から引き継いだ人事に始まった。環境生態学科は組織上は地球圏大講座、水圏大講座、陸圏大講座の3講座で成り立っており、それぞれ5名の教員が配置されているが、実際の研究・教育(学生の分属)は原則として2教員で1研究グループを構成し、集水域環境、陸圏生態系、水圏生態系、水圏化学、大気水圏(3人)、生物社会、物質循環の合計7研究室で実施することが合意されている。その人事の進め方については2000年度に、当時の学科長であった故中山英一郎教授の諮問で設置された人事構想委員会(委員長三田村緒佐武教授)で議論され、その結論は「環境生態学科の人事のあり方について」として答申された。この答申は当面の学科・大講座運営の基本になるので以下に記録しておく。

環境生態学科の人事のあり方について(答申)

平成12年9月6日

人事構想委員会委員長

(1)環境生態学科の人事選考の基本は滋賀県立大学教員選考規定による.

(2)環境生態学科教員の総定員に欠員が生じた場合は原則として公募により人事選考を行うものとする。

(3)人事選考にあたっては,環境生態学科の教育研究理念(学科設立時の教育研究目的ならびに学科構想委員会記録による学科の性格・方向性)を支えるにふさわしい分野と能力を有するかを審査するものとする.なお,採用〈昇任)候補の有資格者は,下記の事項(a,b)のいずれも満足する者であるものとする.

a.有資格者の年齢は,採用時にそれぞれ,教授:35才,助教授:30才,講師:27才,助手:25才以上であるものとする。

b.有資格者の研究業績は,人事選考開始時にそれぞれ,教授:20報,助教授:10報,講師:5報,助手:1報以上の学術論文を報告しているものとする。ただし,人事選考にあたっては,上記以上の論文数は基本的に候補者の優劣の判断としないものとする。

附1有資格者の教育経験年数は豊富であることが望ましい.

附2 学科の現職教員を有資格者として選考する際には,県立大学での教育ならびに運営への貢献度を積極的に評価するものとする.

(4)採用(昇任)候補者の職階と教育研究分野を定める際には,学科の教員構成を十分配慮して行うものとする。なお,当人事構想委員会答申では,学科構想委員会案による学科の教員構成・編成によるものとする。

〈5)環境生態学科における総定員が充足されており,学科に割り当てられた職階に空席がある場合は,学科現職教員の有資格者の中から速やかに人事を行うものとする。

注:ここでいう学科構想委員会記録とは,学科構想委員会記録(案〉を基に学科会議で承認されたものをさす。

付帯事項:人事構想委員会では,教育研究業績の評価法を確立させ,開かれた人事選考をすすめるべきであるとの議論があった。例えば,研究業績を主著者数,欧文数,環境科学関連論文数などを基に数値化して評価する.教育業績を講義能力や院生の論文作成指導能力などを実際に審査することにより評価を行うなどが議論された.

ところが全く残念で皮肉なことに、当の中山英一郎教授が2001年12月17日に急逝され、教授1名が欠員となってしまった。学科の人事を発議するのは学科長である。人事構想委員会の委員長でもあった三田村学科長は、環境生態学科教員懇談会を開催して、故人の遺志でもある答申に沿って以下のように学科の意見を集約された。

中山後任人事にかかわる学科教員懇談会記録

2002年1月22日

出席者:三田村(座長),安野,荻野,伏見 國松,近,倉茂.上野.丸尾、籠谷,肥田、後藤(記録)

1.討論内容

(1)後任教員の着任について

後任教員の着任は平成14年10月1日とする意見が多数を占めた。

(2)環境生態学科の講座再編ならびに環境生態学科の教育研究構想について

 <主な意見の集約>

・故中山教授の分析化学・水圏化学分野に限定することなく人事を行う.

・琵琶湖に関わる研究に携わることができる人物が望まれる。

<発言内容>

・環境生態学科における分析化学分野の必要性の検討を行う。

・故中山教授後任者には地球化学的視点を持った

人物が望まれる。

・故中山教授の専門分野である分析化学・水圏化学に公募分野を放らず,滋賀県立大に今何が求められているのかを考慮して後任人事を進める。

・環境生態学科の特徴として.琵琶湖研究に携われる人物が望まれる。

・独立行政法人化を睨んだ人事を進める。

・琵琶湖研究において,琵琶湖研究所,京都大学.滋賀大学等の研究動向を考慮に入れ滋賀県立大学環境生態学科としての特徴を出す。

・マルチ・ディシブリナリーな視点を持った学生を育てる.

・学生の「質」を継続的に向上させる教育をする.

このような学科の議論を経て2002年2月、定例教授会で内規に従って当該学科の学科長と他学科教授を含む5人の教授からなる教員候補者選考委員会の設置が承認され、委員長に筆者が互選された。内規・答申はともに原則として欠員人事は公募で実施することとしており、3月の教授会で承認された公募要領が全国の大学と関連する試験研究機関に発送され、本学HPおよびJRECINのHP(研究者人材データベース)に掲載された。約2ヶ月の公募期間に大学及び関係者11名、国・地方行政の試験研究機関6人、企業2人行政1人の合計20人(うち女性1名)の応募者があり、委員会では書類選考で4人に絞ったところで面接を行い、慎重に審査・議論を重ねて最終的に一人の候補者を委員会決定とすることに全委員が同意した。選考の経過と候補者を6月定例教授会に報告し、翌7月の定例教授会で投票の結果、大田啓一教授を名古屋大学地球水循環研究センターから迎えることになった人事を終えて一息つきたいところ、突然、文部科学省が本年度から実施すると言い出した21世紀COE(Center of Excellence)プログラム(研究拠点形成費補助金制度)の拠点リーダーに祭り上げられ、7月末の応募締め切りにまでのわずかな期間に研究科内の合意を取り付けながら計画調書を書き上げなければならない羽目になった。21世紀COEの目的を公募要領から抜粋すると、「わが国の大学に世界最高水準の研究教育拠点を学問分野別に形成し、研究水準の向上と世界をリードする創造的な人材育成を図るため、重点的な支援を行い、もって、国際競争力のある個性輝く大学づくりを推進すること」とされている。しかも2年間に限定された事業で、応募のチャンスは1度である。

拠点のテーマ設定には本学のような歴史の浅い大学では、地の利を得たまたは特に優れた研究成果のある特定研究集団にしかできないいわゆるシャープなテーマか、大手大学と対抗するために大学全体が一丸となって新しい研究教育システムの構築を試みるテーマしか、選択肢はないと考えられた。拠点リーダーとしては、環境科学研究科のような実績のない集団をいかに束ねても、到底、大手に対抗することはできないと考え、本学でしかできないシャープなテーマで臨むことにした。そこで湖沼(琵琶湖)の難分解性有機物の生成・分解・制御をテーマにして拠点形成を構想した計画調書を作成した。しかし、終盤になって大学全体での一本化の意向が強まり、研究科長一任で折衝が進められたが、結局、不調に終わり、環境科学研究科としては今年度の応募を見送り、来年度に向けて準備することになり、計画調書は日の目を見ることはなく、終結した。

この間、拠点リーダーとしてトップダウンにならないように、打ち合わせ会議の終了後は2日と置かずに「COEニュース」を発行し、提案と参加を募ってきたのであったが、終わってみると一方的であるとのささやきも漏れ聞こえてくるに及んで、組織の意見をまとめる困難さと、大学民主主義の下に強いリーダーシップに慣れていない体質を痛感した。わが大学を別名「八坂温泉」と呼ぶ人がいるそうである。

年が明けて2月、再び2003年度21世紀COEプログラムの公募が始まり、研究科としてはまず拠点テーマとリーダーおよびサブテーマーの募集をしてボトムアップを図って最後のチャンスに臨むことになった。拠点テーマには研究科を統合するテーマ1、個別テーマ2、合計3件の応募があり、研究科長専攻長会議では統合を追求することになった。学長も工学研究科機会システム工学専攻および人間文化学研究科地域文化専攻から出されていた個別のテーマと環境科学研究科のテーマを統合した拠点づくりに強い意欲を示したが、大学として教育研究についての将来構想を示せない段階では、統合は成立せず、前回と同様に研究科単独で応募することになった。

環境科学研究科長専攻長会議では応募3件のうち全学統合プログラムを除く2件を一本化することを筆者に要請したが、次代を担う若手の中核的教員が相応しいと主張して辞退した。しかし前回の経緯があり、再び拠点リーダーを引き受けざるを得ないことになり、湖沼の難分解有機物の発生・分解・制御を中心テーマにして進めることになった。研究科長と3人のサブプロジェクトリーダーと2人のテーマ関連者にお願いして計画調書作成連絡会をつくり、再度、教員会議で上記テーマに対して参加できるサブテーマを募集したが、応募は低調で2件に過ぎず、そのうち1件はテーマの異なるものであった。会では2月末までに5年間に総額11億6千万円の予算で実施する計画調書をまとめ上げた。拠点プログラムの名称は、研究科長の発案したアカデメイア(プラトンの主催したあらゆる人士が参加する自由な学問空間)を取り込んだ「湖沼環境アカデメイアの創生」とされた。以下に概要を記す。採否の結果は7月に公表される。

琵琶湖ではごく最近、難分解有機物による汚染が注目されはじめ、その制御が問題となっている。そのプロセスの解明と制御手法・システムに関する研究は今後の湖沼環境研究にとって重要な一分野になると思われる。難分解有機物は人為プロセスのみならず自然プロセスでも生成する。そこで本プログラムではその自然的・社会的動態の解明、リスク評価および制御手法・システムについて研究し、その成果を社会実験的研究を通じて検証し、世界的な湖沼環境研究拠点を形成する。また拠点整備のために、すでに湖沼研究の国際交流拠点の一つになっている琵琶湖研究所を本拠点に加え、その他の行政試験研究機関と積極的に交流するユニークな大学院を構築する。本拠点の特徴は、2003年度から本学教員・近江八幡市・関連企業群・NPOが協働建設する環境共生地域づくりのモデルとなる「エコ村」と2004年度から本拠点によって着手する「エコ試験農園」を共通の社会実験的研究フィールドとして設定し、具体的な琵琶湖の難分解有機物汚染の進行の解明と制御について、実証的研究教育の形成に取り組むことである。このような求心力を背景に産・官そして民(消費者・居住者・農業者)と協働する新しい研究科の中核を形成する。

学生・大学院生の教育研究上の問題では、環境生態学科には特に取り上げる案件は生起せず、平穏に1年を終わることができそうである。