これからの環境フィールドワークのあり方を考える(私論)

〜「履修の手引」という原点にもどって〜

井手慎司

環境社会計画専攻

【FW全体の目的(ねらい)】

 環境科学部フィールドワーク(以下,「FW」)の抱える最大の問題点は,FW全体の目的(ねらい)が明確になっていないこと,あるいは少なくとも学部教員の間で共有されていないことではないだろうか.FWシンポジウムの総合討論の中でも「FW全体を貫いたポリシーが必要ではないか」との指摘があった.

 そもそもFWの目的とはなにか.学生向け「履修の手引」から同授業のテーマと内容の部分を引用してみる.

(※FW1,2,3の「履修の手引」の記述は,97年度に,はじめてFW1,2,3がすべて開講されてから本年度まで変わっていない.)

  FW1 地域環境問題の発見と把握

実際の地域環境問題が生起しているフィールドに足を運び,自分自身の五感を通して環境問題に触れ,それを図,文字,数値データに記録する方法を学ぶ.また,自分自身で記述した記録から,地域環境問題がどのような問題構造をもったものであるか,グループ討論を通して組み立てる演習をおこなう.

  FW2 地域環境問題の解析

地域環境にかかわる情報は多分野にまたがり,性質も多様である.これらの環境情報を収集・解析するために,対象地域を特定し,フィールドワークを通じて,自然調査や社会調査などの基本的な手法を学んでいく.ねらいは,フィールドワークの手法を実際の地域分析に適用することにより,現場に則した調査態度と分析方法,レポートの作成,発表の方法等を学ぶことにある.

  FW3 環境現象/環境問題の構造化

実際の環境現象/環境問題がどのような構造を持った問題であるのかを解明し,それに取り組むにはどのような手法が可能であり,有効であるのかを,フィールドデータの収集,分析,整理を通じて明らかにする.

 もちろん「履修の手引」に書かれていることを絶対視する必要はない.必要ならば「履修の手引」を書き直せばよいのだ.しかし,後述するように,必ずしも学部教員に完全に理解されているとは言い難い「履修の手引」ではあるが,それが現時点で,FWの唯一,明文化された指針であることは否定できない.少なくとも,現時点でのFWの目的は上記のようになっているとの現状の認識の上に立った議論が必要だろう.現在(現状)のFWの変革を唱えるならば,唱える側にそれに代わる指針を示す責任がある.

 その意味において,ここでは意図的に,現在の「履修の手引」を「是」としての私論を展開してみたい.




「履修の手引」を読み込むと,いくつかのポイントを再認識することができる.




 1)対象は「地域環境問題」であること.このため必然的にこの授業は,対象となるフィールドを持つ.

 2)FW1の目的は地域環境問題の「発見と把握」,FW2はその「解析」である.FW3のテーマは「現象/問題の構造化」となっており,必ずしもFW2との違いは明白ではない.しかしFW3の内容を読むと,解析に止まらず,地域環境問題に取り組むための有効な手法を見いだすところにまで一歩踏み込んでいることがわかる.このあたりがFW3は「解決」であると多くの教員が認識している所以だろう.しかし,より正確に云えば「履修の手引」で「解決」という言葉は使われていない.これは,フィールドワークというものの以下の性格からすれば当然かもしれない.

 川喜田二郎は「発想法」の中で,「野外科学」というものを仮説発想型であるとし,その過程を「問題提起」「探索」「観察」「発想」「仮説の採択」と整理している.また仮説発想型である点が他の書斎科学と実験科学(仮説検証型)との最大の違いであるとしている.

 問題の「解決」という言葉をより厳密に捉えると,解決方法(仮説)の提案(採択)だけでは不十分である.解決方法の実施,実施後の検証までを経ていないことには,本当の意味で問題が解決したとは言い難い.しかし野外科学(フィールドワーク)とは,むしろその前段階の「仮説の採択」,つまり「解決方法の提案」までであると川喜田は言っているのである.

 もとより授業としてのフィールドワークで,環境問題の真の意味での解決が図れるわけではない.せいぜいが解決方法の提案までであろう.それが限界だと言うのではない.授業としての,あるいはフィールドワークそのももの機能なのだと考えるべきである.したがって,FW3の目的は「解決」ではなく「解決方法の提案」と言い直すべきであろう.

 以上を踏まえて考えるならば,シンポジウムの総合討論の中で,一部教員の中に,各FWの目的に関する認識に「履修の手引」とのずれがあった点は重要である.すなわち「履修の手引」におけるFWの目的はかならずしても学部教員の認識として共有されていないということである.

 3)更に「履修の手引」を詳細に見ていくと,各FWの目的は以下のようになっている.

 FW1では実際のフィールドに足を運ぶこと,そこで五感を通して環境問題に触れること,問題を様々なメディアによって記録する方法を学ぶこと,またその記録から,問題の構造と連関をグループ討論を通して明らかにすることを目的としている.

 すなわちFW1では,記録の方法だけは教えるが,それ以外は,何が問題なのか,すべて自分たちで感じ,自分たちで考えて発見せよ,と言っているのだ.予備知識や専門知識を一切与えないところで,学生が何を見つけられるかを問うている.言い換えれば,学生たちが自分たちの感性と考えで見つけることを重視しており,高度な結果や発見は要求していないということである.もちろん予備知識や専門知識があれば,関係する情報を集める収集能力は高まる.しかし,その場合の弊害として,各自の専門や知識が邪魔をして,それらのアンテナに引っかからない情報がでてくる.それらは,関係がない情報として排除されてしまう.フィールドワークは,むしろ前者の多様で多角的な情報の収集を重視する.

 そう考えれば,もともと入学してまもない1回生にこのFW1を課している意味は大きい.あえて専門知識のほとんどない状態の,しかも学部横断的な学生構成によって,多様な情報収集を求めているのだと言えるだろう.また,FW1においてフィールドやテーマの選定に学生の要望を取り入れることは必須ではない.学生の選好もまた,情報収集の際の先入観につながるからである.テーマについても特定分野に特化していないことが望ましい.ただし,学生が問題を発見しやすいような適切なフィールドを選定することは教員側の責任であろう.

 また,講義時間は最小限度とし,フィールドで過ごす時間をより長く確保すべきである.現在,FW1は3週間が1単位でフィールドに出るのは1週のみであるが,できれば2週間をフィールドで過ごし,残り1週をグループ討論に割り当てることが望ましい.

 指導引率教員の構成についても,学生の多角的な情報の収集を保証するものでなければならない.それを可能にするのはやはり複数学科専攻の教員の混成チームであろう.ただし,FW1での教員の役割はあくまで学生のより多角的,多様な視点での情報収集を促進するものであり,教員のもつ特定の視点を押しつけるものであってはならない.

 さらにFW1では,自分たちの頭で考える方法としてグループ討論(ワークショプ)を行うこととしている.ワークショプは他人の多様な意見に触れ,自らの考えを深化させるための場である.FW2でワークショップに重点を置いているグループも見られるが,本来は,FW1からもっと積極的に取り入れられるべき方法である.

 FW1の最終的な目的は,学生に環境問題の多様性,学際性を体感してもらうことであろう.

 一方,FW2では,環境問題を解析するために,種々の調査,分析手法の基礎を学ぶこと,その結果をまとめ,発表する方法を学ぶことを目的としている.つまり,FW2ではFW1から一転して,情報収集のための「手法」の基礎を学ぶことを第一の目的としている.

 「手法」であるからには,分野毎に確立されたものを学生は学ぶことになる.そのための教員チームの体制が必要となると共に,解析,分析という概念からは,専門に特化したテーマが求められるようになる.その意味で,FW2におけるグループの教員構成は必ずしも学際的なものは必要としない.むしろ少数の専門分野に限定された教員のチーム編成が望ましいであろう.

 しかし,それが故に,学生には幅広い選択の機会を与えるべきである.学生自らがどの分野の問題解析の手法を学びたいかを選ぶ.その結果として,学生の所属学科や興味の対象に応じてグループ内の学生の学科構成に偏りがでることもやむを得ないだろう.

 FW2の目的は,単にフィールドにでることではない.フィールドに出たときにいかに関係する情報を詳しく,確実に収集できるか,収集した情報からいかに問題を深く分析,理解できるかである.その意味で,事前の講義(準備)や事後のデータ整理,解析がFW1以上に,より重要なテーマになる.フィールドについても,より深い解析を可能とするような設定でなければならない.

 以上を踏まえて,討論会で問題となったFW1と2のつながりを考えると,理想的には両授業でフィールドを共有することが望ましいが,授業の性格の違いからして完全な一致は難しいかもしれない(片やテーマの特定を嫌い,片やテーマの限定を要請する).FW2の現グループ分けをカテゴリー分けして,FW1のテーマとの関係性を学生に示唆する方法が残された現実的な対応であると言えよう.

 またテーマによっては半期では不十分である.年間を通した定点観測によってはじめて意味のある情報収集が可能となるテーマもあるだろう.技術的な問題点は多いが,FWの通年開講など,今後の検討すべき課題である.

 なお現在,FW1でもプレゼンテーションを求めているが,これは本来,FW2で中心的に学ぶ内容のようである.

 FW3の目的は,先にも述べたように,フィールドデータの収集,分析,整理を通じて解決方法を模索することである.FW1で全体論的な思考を,FW2では要素還元論的な解析にむけた思考を,最後に,FW3で統合にむけた思考を求めているのだと言えよう.

 もちろん地域環境問題に対峙する姿勢として,「発見と把握」「解析」「解決方法の提案」とは完全に分けられるものではない.そもそも解決方法の提案に結びつかない,問題の発見や把握,解析などは無意味だろう.しかしフィールドワークはあくまで授業である.解決方法の提案を目指しながらも,授業として「ねらい」の違いによって,FW1,2,3の役割分担があるのだと考えるべきである.

【FW理念の再構築にむけて】

 言うまでもなく,FWとしての理念の前には,先ず環境科学部としての教育理念と目標がなければならない.その中でのFWの位置づけが明確化されるべきである.その位置づけさえしっかりしていれば,FWを通じて学生にどんな能力を身につけさせるのか,そのための授業のあり方は――現在,教員が抱えている多くの迷いは解消されるはずである.

 ただし,それを可能にするには,学部の教育理念とFWの理念の明確化と同時に,理念の教員間での共有化がどうしても必要である.そのためにもFWでは,FWの理念の再構築を提案したい.理念の再構築は,FWを改善するために必要であるばかりではなく,理念の共有化のためにも有効である.すべての学部教員を巻き込んだ再構築プロセスによって理念の共有が可能となる.

 そのための一助としては,学部教員全員が他のグループの工夫を知る機会,情報交換の場を定期的にもつ必要がある.討論会の中でも「自分のテーマだけしか見えていなかった」といった発言があった.また部外者による客観的なFWへの評価も必須であろう.

 また,理念の再構築にあたって,グループ内での課題(プログラムの改善)とFW全体としての課題は分けて考えられるべきである.前者については,チーム構成教員の不断の努力が必要なことは言うまでもないが,理念の再構築に直接つながるものではない.再構築作業において重要なのは後者である.フィールドワーク委員会によって“たたき台”となるべき新理念を作成し,それを基に学部の全教員で話し合っていく必要があるだろう.