琵琶湖周辺の自然環境と安全性

藤原悌三 福本和正 伊丹清 小林正実

環境フィールドワークII Jグループ

1.テーマのねらいと進め方

 本グループは自然災害、防災をテーマとしており、環境フィールドワークとして行う意義は以下の通りである。

1)自然災害は、例えば地震についてみても、建物被害、室内被害、火災、ライフライン被害、液状化、土砂崩れ、農業被害、津波など複合的に起こり、その対策は、物理、化学、地学、機械電気、建築土木、農学、医学、心理学、社会学、歴史、法学等、多数の専門が関係する。また、自然災害は、地形発達等の自然現象を人間側から捉えたもので、被害は人間活動と密接な関係がある。したがって、様々な専門を横断し、人と自然の関わりを研究する環境学の教育の機会となる。

2)安全性に関わることであるから、老朽家屋、狭隘道路、避難施設、緑地、急傾斜地、干拓地、天井川等、身近でいくらでもテーマを見つけ調査でき、フィールドで自ら問題点を発見し解決策を検討する総合学習的演習に向いている。

3)琵琶湖を中心とする北近畿の変化に富んだ地形は、国内で最も活発な地形活動を反映しており、大地震、豪雨、豪雪等、厳しい自然環境にある。祖先がこれにどう対処してきたか学ぶ郷土学習のフィールドとして適している。

 このように多分野にまたがる安全性に関する課題に対して、フィールドワークを通して、問題点を調査分析する手法を適用することにより、自然と人の営みが共存する空間を創造するための方法を学ぶことがテーマのねらいである。

 本グループは環境建築デザイン専攻所属の教員だけで組織したがなるべく広い分野が対象となるよう下記の担当に分かれて行っている。専門を括弧書きで示す。

藤原悌三(災害科学、元京大防災研総合防災研究部門教授)総合防災、耐震構造

福本和正(建築構造)木造、地盤

伊丹清(環境工学)インフラ、ライフライン、情報

小林正実(構造解析学)造成地、密集地

次に示す全15週の授業計画に従って行っている。次頁以降で小グループ毎の個別調査の概要を述べる。

1 2

基礎的知識の講義

・滋賀県各市町村のもつ自然環境、社会環境における課題と対策(藤原)

・在来軸組構法の住宅分布と地震環境、滋賀県の地盤(福本)

・都市設備、道路、ライフスポットと地域の安全性(伊丹)

・造成地、密集地の安全性と環境保全(小林)

3 4 講義に関連した野外調査

(調査の例)野島断層、神戸市震災復興記念館、中主町堤液状化遺跡、長島輪中集落、永源寺ダム治水対策、白川郷合掌集落、敦賀原子力発電所 等

調

5 希望テーマの提出とグループ分け

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テーマを設定した小グループ単位の調査

(テーマの例)

老朽密集住宅地の防災まちづくり、県大生の居住空間の安全性、在来構法木造住宅の耐震性、県大周辺の地盤支持力測定、彦根市CABシステム、自主防災組織、伝統的建造物群保全 等

14 報告集の作成
15 発表会と討論



全体野外調査の様子(急傾斜地崩壊防止対策の見学)

2.建築物の耐震安全性に関する調査・視察 ―― 藤原 悌三

(1)木造建物の振動実験

 木造建物では筋かいが水平力(地震力)に抵抗する主要な材といわれるが、柱・土台・筋かいで構成されるラーメン架構に期待することも必要である。写真は京都大学防災研究所で行われた木造骨組の振動実験であり、接合部には定着金物が使用されている。


見学中の福本和正先生とFWIIの学生   振動実験による接合部の破壊状況


(2)煉瓦造建物の免震補強

 明治時代に建てられた煉瓦造の大阪市中央公会堂は、建物の基礎部に積層ゴム系の免震装置を取りつけ、耐震補強が行われたが、上部構造を安全にする工夫が阪神大震災後各地で行われており、写真4はその工事中の様子である。2002年3月には県立大学にも木造免震建物滋賀県立大学の免震実験建物の実験施設が完成した。


大阪市中央公会堂                 滋賀県立大学の免震実験建物


(3)鉄筋コンクリート造建物の力の流れ

 体育館など大きな空間を覆う屋根にはシェル構造物が多用される。重力の作用により屋根面には圧縮応力が作用するが(図上)、裾が広がろうとするため周囲を締めつけて変形を防ぐ(プレストレス工法)(図下)。出来あがった体育館(写真)は環境に配慮した建物となっている。

3.環境フィールドワークを経験して ―― 福本 和正

 1995年4月の開学以来、I?II, IIIと段階とテーマの若干の推移があったけれども、一貫して私が興味を持って来たのは、県内の地形と民家集落の中味である。「1995年兵庫県南部地震」の際に、神戸市の中央区の分担範囲の激烈な被害状況を調査して回ったのは、まさにフィールドワークであるが、これは地中を伝わる目に見えない地震により、地上に現われた被害調査で、ひじょうに具体的で数量的にも評価し易いものであった。一方、環境フィールドワークになると対象と調査内容が異なり、本学に入学して初めて出くわすのがほとんどである学生諸君に、興味を持ってもらうテーマを設定するのには苦労した。その結果、私の周辺でファイルの数が最も多いのは、環境フィールド関係で集めた資料である。

 根底には地震と何らかの関係のあるものを調べる

と言う視点からテーマを選ぶと、県内で地震が発生するきっかけとなる活断層や、地震が発生した場合、耐震性に種々未知の要素が有る在来軸組の木造住宅を調べるということになる。しかしこれらの対象は、地震被害のない平常時には、何の変哲もなく、ただ見て回るだけの遠足のようなもになるので、これらの対象から派生する何らかの現象を記録するためのテーマを、毎年考え出すのは大変であった。しかし試行錯誤を繰り返している内に、地震という見地から出発したものの、本来の環境フィールドワークの視点に沿った2テーマが、私にはひじょうに興味深いものになった。

(1) 伊吹山、田上山の斜面修復の現況

 これらは、滋賀県内を通過する新幹線や名神高速道路から最も目立つ、環境破壊の悪例だと思って来た。特に前者は、県内のどこからも見える一等地にあり、冬期に冠雪した斜面に太陽光が当り、白く反射している様子は、特に目立つ。それにつけても、7?8号目付近の大きい切り欠きは不自然で、環境面に厳しい滋賀県としてどのように指導しているのかと、この山を見るごとに思って来た。

 後者は、学生の頃、ハイキングで行ったり、石山付近から見て気付いて以来、気になっていた。この頃、田上山で見られた山肌の荒れ具合は、「1995年兵庫県南部地震」直後の六甲山で見られたものよりは、規模が大きかったように記憶している。

 上記2山について、2000年にフィールドワークとして、その修復状況を現地見学し、関係者にその計画を聴くことができた。前者の伊吹山は、1951年にOセメントの原石山として開発に着手しており、その私有地と考えられる。

 ここでの植生復元(緑化)事業は、1970年から岐阜大学農学部の全面的指導を受けて開始している。現在の斜面最上部は、採掘後肥沃な表土上に花畑が復元されている。中腹以下の斜面緑化地は、ススキと共に牧草や低木の挿し木苗等が移植されたが、現在ではススキ型草原と見なせる。緑化歯この工場の職員が1本1本手作業で植えるという作業によって行われて来たとのことである。

 平坦な部分で石灰石が採掘されており、毎年10m掘り下げ、今後100年は継続可能とのことであるが、30年後、50年後の山の姿は、現在以上に異様な姿になり、周辺の気候も影響を受けるのではないかと考えられる。

 一方、田上山は、木の伐採と戦火により、江戸時代にはすっかり禿山になってしまい、降水時に土砂が大戸川経由で瀬田川に流れ込み、、洪水の原因になったおであるが、建設省琵琶湖工事事務所が砂防工事をしつつ緑化に取り組んだ結果、山にも木の緑が増えて来ているようであった。

(2)キャンパスを取り巻く集落に見る在来軸組構法の変遷

 1981年に、いわゆる「新耐震設計法」という呼称で、建築基準法中の地震に関わる建築構造の規定が補足修正され、建築物の耐震設計に関連する条項が厳しくなったのを機会に、県内の地盤と建築物について、耐震性の見地から検討してきた。

 その中で、壁のみに耐震性を期待する木造建築物の耐震診断を試みた結果、県内でよく見かける4間取り住宅の耐震性が意外と小さい結果になるのに驚いた。

 4間取りの民家は、滋賀県を初め、近畿、西日本に多く、そこに住む住民の数が多く、その安全性はひじょうに重大なことである。

 そこで、キャンパス周辺を初め、湖東から県内全域について、4間取りの在来構法により建てられた木造民家の分布状況、地域による部材寸法や微妙な間取りの違い等を、フィールドワークで調べる一方、卒業研究として、土壁や実大建物の強度を調べている。

 このような観点から調査してまわっている内に、集落の全体が創出する景観、集落内の細い道の側面にある水路、板塀、庭木の醸し出す雰囲気に心が癒された。

 更に、築後100〜150年経過した民家の中に入れてもらうと、使用されている柱や梁、特に敷鴨居の断面寸法は、近年建てられる木造住宅のものにくらべて大きく、見た目にも堂々としており、力学的安定感を味わうことができた。

 現在も新築されている在来構法の木造民家の大部分は、瓦葺2階建てとなっているが、1階の間取りは茅葺き屋根の場合と同じ4間取りで、屋根を茅葺きから瓦に変えたことにより、その勾配が45度から22度前後となり、生じた小屋裏空間を物置から居住空間にする過程で、次第に2階部分が現在のような階高になって来たと考えられる。この変遷過程が、キャンパス周辺の集落の中の民家に見ることができることができ、さながら生きた博物館になっているということがわかってきた。茅葺き屋根の殆どは、トタン板が被され、いづれは瓦葺2階建てに建替えられる運命にあるかも知れないが、何軒かは地域の集会場等として有効に、永く使用されることを願う次第である。


伊吹鉱山断面見取図                   在来軸組構法の変遷


4.インフラ、ライフライン、情報 ―― 伊丹 清

 先の阪神淡路大震災において電気・ガス・水道などの被害は、「ライフライン」被害と称され、その影響の大きさが注目された。特に停電は、あらゆる設備機器の機能を停止させ、上水の供給を止め、下水の流れや処理を止め、消火活動にも多大な支障を来した。また、情報収集網を寸断させた。そんな中、太陽光発電などの環境共生型の手法が災害時に対しても有効で、被害の最小限化や復旧時の拠点(ライフスポット)として機能しうるなど、地域の安全性向上にも貢献することが明らかとなった。防火対策のなされた給油スタンドが震災時にも被害が少なく機能しえたことから、さらに太陽光発電設備を併設してライフスポットとして活用する計画も進みつつある。環境共生型の手法の災害時における有効性というのが第1のテーマ。

 ライフラインあるいはそれらに関連する設備・施設をはじめ、あらかじめ貯水・備蓄・情報収集などの防災機能をもたせた防災公園、広域な災害にあっても安全な避難を可能とするネットワーク状に連携させた緑地や公園、これら施設は、これまでは「縁の下の力持ち」的な役割として市民の意識しないところで整備がなされ、生活を支えてきた。しかし災害時には、普段利用しないものは利用できなかったり、機転がきかないことが多い。防災訓練などの機会にその存在を知ったり使い方を理解する以外にも、普段からみんなの目に入って意識されること、理解されることも重要と考える。道路上に存在する消火栓、マンホール、避難所の案内板等。意識しやすいデザインとすることの有効性というのが第2のテーマ。

 その他のテーマとして、行政からの防災情報のありかた、自分たちの街は自分たちで守るという意識向上のための自主防災組織のあり方、災害弱者のための防災対策など、がある。

 日常流れているエネルギー・水・情報・ゴミなどに関わるもの、公園などの施設や道路にあるものや情報、こういったものを防災の視点から見直してみよう。