私の環境学

澤田誠二

環境計画学科・環境社会計画専攻

環境社会システム大講座

 建築専攻の私が「日本初の環境大学」で1年を過してみて、「環境科学」の先輩とお付合いの中で多々考えさせられた。

 修士課程で建築生産論を専攻した後35年間の実務では、建築デザイン、技術開発、プロジェクト・マネージメントなど幅広く経験した。振り返れば、大阪万博に象徴される社会の成長期、オイルショック後の停滞期とバブル期そして低成長の時代を歩んできたのだから多様な経験も当然だろう。

 それでも50代に入ってからの専門分野は(1)地域開発の方法の研究、(2)都市交通のプランニング研究、それに(3)オープンビルディングの3つに集約される。

(1)は首都圏の川崎臨海工業地帯、関西のベイエリア、そして北九州などで放置さる「旧工業地帯」への取組みの必要性から始まった仕事であり、(2)は鉄道の車両走行新技術の実用化がきっかけとなったもので、どちらも建築学の領域からかなりはみ出している。それに比べて(3)は、住宅団地やまちづくりに建築の計画と生産そして運営管理を含めて取組むというテーマなので、まだ建築の領域に止まっている。

「地域」を計画すること

 地域開発の研究ではドイツ・ルール地域の総合的再開発であるIBAエムシャーパーク・プロジェクトが極めて参考になった。これは東西70キロ、南北15キロ、面積800平方キロ、人口250万人を有し、17自治体にまたがる旧工業地帯の再開発である。石炭・鉄鉱・重化学工業で疲弊した環境を10年がかりでよみがえらせようというプロジェクトで、80年代後半に始まり10年の予定期間を経てすでに終了している。

 近代ドイツ史をたずねると、石炭など地下資源に恵まれたザクセンアンハルト州とルールとがプロシャの産業植民地として開発され、急速な発展を遂げたことは良く知られるが、それだけ環境の破壊も著しい。20世紀半ばにクルマやエレクトロニクス産業が始まると、主要産業はドイツ南部に移動し、汚染された土地は放置され、緑地のネットワークや水路も分断されたままになっていたのである。

 プロジェクトでは3500億円ほどを投資し、この広大なエリアの環境を回復し、新しい産業を誘致し、快適な生活環境を作り出すことを目標にした。その基本戦略は、分断された緑地と水系のネットワークを再生し、産業の開発過程で下水化したエムシャー川を復元することでこの広大なエリアを公園(パーク)のようにすることだ。そうすれば廃墟化した風景を明るいものに変え、市民意識も変えて企業を誘致できる。これに加えて土地のリサイクル(工場跡地の再利用)を推進し、都市的土地利用の拡大を抑制しながら既存建物や産業施設を補修・改善・用途転換して新しい時代の生活に役立てること、エコロジーに適ったプロダクトや生産方式の産業による地域産業構造の転換という3つの戦略が設定された。

 目標の達成には、17の自治体、地域企業、労働組合、住民、建築・都市分野のプランナー間の目標設定とアプローチに関する共通理解が必要である。

 このプロジェクト・マネージメント面では「国際 建築展」方式が採用された。耳慣れないこの方式は近代ドイツにおける建築・都市計画の分野のイノベーションでは度々登場する方式で、さまざまな具体化のアイデアを国際コンペなどで調達し、プロジェクトを実施する、その過程を住民を含めて社会の各層に「展示」し、総合的な評価を促がす仕組みだ。

プロジェクトの構想策定の際の啓蒙、具体化の際のさまざまな事業間の調整、アイデア提案、競技の開催、事業実施に必要な財源や技術の調達へのアドバイスのためにIBAエムシャーパーク公社が設立された。これは事業の主体ではなく総合企画とメディエーター機能の組織であり、事業の実施は自治体や民間企業の責任としている。

 この公社と、北九州事例などわが国のプロジェクト体制との基本的な違いは、この公社を10年という期間限定としたことだ。

 プロジェクトがどんな成果を上げたかについては、わが国でも、筆者の進めたWRAP委員会などから多くのレポートが発表されている。

 筆者は、IBAプロジェクトの学習の過程で、環境開発において、ドイツのような計画システムの完備している社会においても、構想の具体化や事業の実施に当って、いかにプロジェクト・マネージャーの資質と行動力が重要であるかを学んだ気がする。

これ無くしては地域の人々の意志や自主性が大きくても、今回のような成果を短期間に達成することは不可能に思われた。




「都市モビリティ」を提供すること

 鉄道技術の適用についての研究開発に従事する中で考え始めたテーマが「まちづくりと交通プランニング」である。新幹線・一般の地域鉄道のような都市環境を相互につなぐ交通システムよりも、都市というヒト・モノ・コトの集積する環境において人の「移動」(モビリティ)をどのように計画すれば「まちの活性化」に役立つのか?というテーマだった。

 都市開発や建設関係の大学研究者、クルマ・メーカー、鉄道車両メーカーそれにゼネコンなどのメンバーを加えた研究会での議論の焦点は「都市環境」の本質は何か、であった。その結論は、歩行・クルマ・バス・路面電車・新交通システムが安全で効率の良いモビリティ・サービスを提供し、それが人と人、モノとモノ、情報と情報の「出会い」を増加させること、ということだ。

 そうした目標の達成のために、すでに多様に用意された交通システム事例を分析してみたところ、次の結論が得られた:

(1)情報化社会では、情報システムの発達にもかかわらず、かえって「出会い」を求めるようになりモビリティ・サービスの向上も必要になる。

(2)モビリティ・サービスに使用するエネルギーについては、その利用効率の向上が思いのほか急速に進歩しつつあり、従って、モビリティに必要な都市空間の建設と維持管理のシステムが社会の持続的発展にとって重要になる。

これは、建築専攻の筆者にとって大変面白い内容である。というのも、「都市環境」という空間の高度利用の必要な「場」では人の「滞留する空間」と「移動のための空間」とを同じレベルで計画し、運営・管理する必要があるということである。

新しい「まちづくり」‐オープンビルディング

 オープンビルディングについては、「地域社会との関連」で詳細に説明した。現在ではマンション広告で「スケルトン住宅」としてうたわれる新しい建築のコンセプトである。私は「建築生産」の観点からこれに関心をもち、30年ほど研究してきたが、このコンセプトの本質は「住環境のあり方、建設方法、運営管理システムのあり方」に関わる。「地域環境経営」の基礎となるものと考えている。

 この「建築的コンセプト」は、「まちづくりと交通プランニング」研究で得た(2)の結論と軌を一にする。すなわち「環境」を空間的に形成する道路・建物・樹木などの「モノ」を「都市環境資源」とでも規定すれば、それを形成する投資とその回収とを的確に計画し経営する必要があるというのだ。それ無くしては「都市社会の持続的な発展」は難しい。 私の環境学には、この他にも「地域の風土と文化」の要素も含めたい。機械工学や環境管理の要素技術に加えて人間文化学の観点は「社会の持続的発展」に不可欠だからだ。