地域の老舗と共有する研究の喜び

奥野長晴

環境計画学科社会計画専攻

環境社会システム大講座

「ヨモギは今まで外部から調達してきました。しかしその品質に不満があったので、自社生産に切り替えました。そのために、農園を所有し ヨモギの無農薬有機肥料栽培を始めたのです。ヨモギの収穫と選別は農家の主婦による手作業です。こんなことをすると、ヨモギの単価は数倍に跳ね上がります.しかし、それで作ったヨモギ餅の香りと味は天下一品、たねやの人気商品の一つになりました。」 「今度は、米を自社栽培して和菓子の原料に使用したいと考えています。無農薬・有機栽培はもちろんのこと、それに加えて不耕起自然農法でやって見たいと思っています。従来農法と比較してこの農法が水質汚濁など環境負荷をどのくらい削減できるか知りたいので、応援していただきたいのです」

 このような申し出が私の手元に届けられた。この話を聞いて、私は感銘さえ覚えたのである。本物への徹底的なこだわり、地域特性を生かした企業の方法?そこに地方企業存続の鍵を、そして低迷している日本経済の救世主の姿を見たからである。

 つねづね「たねや」は私の心を捉えてきた。その第一の理由は和菓子の味のよさである。お土産としてこれを期待している知人が何人も東京にいる。その第2の理由は企業理念の崇高さである。「お菓子を売るという手段を通じて地域の皆様と環境の価値を分かち合うことがたねやの企業理念である」という。あんこに使った小豆の絞り粕を自家農園の肥料に使用、米のとぎ汁のゼロ化を意識して無洗米を使用、工場廃水の浄化槽汚泥をコンポスト化、など、物質循環によるゼロエミッションの第一歩がここで実践されている。これに加えてたねやエコロジーセミナーと称して、一般市民を対象にした環境勉強会の開催までやっている。資本金わずか1億6千万円に過ぎない企業がこれほどの環境配慮形企業活動をしているのだ。しかも「たねや」は1872年に近江八幡市で創業した地場企業でもある。

 こんな企業と共同研究ができることは滋賀県立大学の特権であり、また同時に義務と言うべきである。公立大学の存在価値は1にも2も地域貢献にある。どんな研究も地域への還元がなくては意味がない。さらに、教室と現場と直結との意味において、この種の研究プロジェクトへの学生の参加は教育的価値がきわめて高い。早速私はこの共同研究を卒業研究に組み入れることとにした。

 矢部教授と近助教授に応援をもとめた。奥野は不耕起農業のLCA-CO2的評価を、矢部は公共水域汚濁削減効果の評価を、近はエコロジー的評価を、それぞれ分担する。専門を異にする学者集団とも云うべき当環境科学部においてのみこのような学際的共同研究が実現可能だと考えている。かくして「永源寺町における不耕起移植稲作栽培の環境科学的評価」という表題の共同研究が立ち上がった。

 共同研究開始後半年が経過、不耕起移植稲作栽培の特徴が少しずつ見えてきた。すなわち、従来方式の水田に比較すると、稲の成長時にはトンボの数と燕の数が、そして収穫時には雀の数が多い。不耕起移植稲作栽培地で生育した米はひときわ美味であることをこの雀の数が物語っている。もちろん不耕起移植稲作栽培にも問題はある。その一つが冬季湛水のための水源の確保である。今回は永源寺ダムからの分水や井戸水の利用で切り抜けたが、持続的には、里山や棚田とリンクした水の供給方法の確立が検討事項である。また、猿や猪による獣害が不耕起自然農地に集中する。牛や馬など大形家畜の放牧と組合わせた獣害予防法の開発など、この研究の奥は深い。今後の発展に胸をときめかしている。