研究の成果を地域の振興に−屋久島オープン・フィールド博物館の試み−

野間直彦

環境生態学科

生物相互作用研究室

 屋久島はその独特な自然環境が注目され、世界自然遺産にも登録されました。自然環境の保全を島の振興にどう生かすのかが課題となり、指針が求められています。そこに研究の側からお手伝いできることは何か。大学院生の時から屋久島をフィールドとして生態学の研究をさせてもらっている私は、仲間と一緒に、エコミュージアムの考えに基づいて博物館的活動をおこない島の振興に役立てようとする「屋久島オープン・フィールド博物館構想」に関わることになりました。

 きっかけは1997年、島の方から、研究成果を島の振興に活かすための取り組みを作ろう、と提案されたことでした。その少し前に、世界遺産地域を通る通称「西部林道」の工事計画が白紙撤回され、積極的に自然を守り地域振興のために活用しようという方向に行政の姿勢の転換がありました。また工事計画には研究者たちが反対したので、その対案を出す責任ということもありました。そこで、おもに屋久島西部地区の照葉樹林で研究をしてきた人たちと、住民・行政の関係者が集まって何ができるか検討を始めました。

 1992年から鹿児島県が「屋久島環境文化村構想」をすすめ、1993年には島の面積の約2割がユネスコの世界自然遺産地域に指定されて、屋久島の自然の価値が広く認知されるようになりました。その陰には、住民と研究者の協力によって行なわれてきたさまざまなエコミュージアム的活動があったといえます。なかでも、1985?86年に(財)日本モンキーセンターが日本生命財団の助成を受けておこなった「屋久島における人と自然との共生をめざした博物館的手法による地域文化振興に関する実践的研究」は、地元住民の研究分担者を主体に、屋久島の自然と人々の営みを博物館の中味とし社会的に利用していこうという提案を行ないました。さらにこのメンバーの協力の下に地元の若者たちによって「あこんき塾」という組織が設立され、これが様々な活動を行ないました。この中で話し合われた計画や企画案は、大竹・三戸両氏により「屋久島オープン・フィールド博物館」構想としてまとめられています。この構想をいまの目でみると、次の3点が重要です。(1)中核施設の建設:屋久島環境文化財団が運営する「屋久島環境文化村センター」と「屋久島環境文化研修センター」、環境省の「屋久島世界遺産センター」、屋久町立「屋久杉自然館」が建設され、以前からある上屋久町立「上屋久歴史民俗資料館」を含め中核施設の機能が期待されます。(2)エコツーリズムの動き:屋久島の自然を探賞する目的で来島する観光客が増加し、その需要に応じてエコツアーをおこなう、博物館活動と一部共通性をもつ民間の経済活動が目立ってきています。(3)情報化社会の到来:現在ではインターネットが著しく普及し、ネットをつかった複数の施設の連携と外部への情報発信はあたり前のようになっています。

 一方この間屋久島には、大学をはじめ各種の研究機関に属する研究者によってかなりの研究の蓄積がなされてきましたが、それらを一般の島民や来島者が手軽に活用できるようになっているとはいえません。このように検討した結果、今回の「第二期」屋久島オープン・フィールド博物館構想では、インターネットのホームページ上に仮想博物館をつくり、そこに博物館的機能をもたせることを核とすることにしました。

 1998年、日生財団の助成を受けることができ、上記のメンバーが中心になって、屋久島における過去の研究成果を誰にでも利用可能にすることを目的にした「仮想博物館」を、インターネットのホームページ上に作りました(http://www.dab.hi-ho.ne.jp/yakuofm/)。屋久島に関わっている研究者を学芸員として登録し、ホームページにこれまでの調査研究を生かした自然教育のテキストとカリキュラムを掲載しました。来館者の質問に学芸員が答える掲示板も設けました。また関係のある他のホームページとリンクさせ、遠くの機関や施設のもつ情報にアクセスできるようにしました。島の中では、現存の中核施設に端末を置き運用することによって、各施設は「屋久島オープン・フィールド博物館」の窓口となると同時に、それぞれの機能を補完することが容易になるわけです。

 仮想博物館はまた自然学習の場にとどまらず、現存の中核施設の機能を生かし連携しつつかつ補完し、屋久島のさまざまな環境問題を解決するためのシンクタンクとして機能することが期待されます。ホームページを見せて関係諸機関と行った議論では、仮想博物館の役割は地域の住民と機関に研究の正確な情報を提供することが中心で、ゆるやかなネットワーク作りを促進するものであると評価され、今後の活動について協力しあってゆく合意が得られました。

 仮想博物館はバーチャルなものですから、リアルな活動と対にならないとうまく進まないと私達は考えます。そこで対面的活動として、研究・教育に関する利用のモデルプランとして夏休みに野外実習をする「屋久島フィールドワーク講座」や、京都市立紫野高等学校の特別授業を行ない、資料の蓄積と教材の整備を行っています。

 「屋久島フィールドワーク講座」は今までに3回、上屋久町の主催で行なわれ、全国から専攻分野も学年もさまざまな学生が参加しています(この中には屋久島高校の生徒も含まれ、また滋賀県立大生も今までに4人が参加しています)。「人と自然のかかわり」「植物と森林」「鳥の暮らし」「ヤクシマザルを追う」などのテーマのコースに分かれて実習を行ない、夕食後に各講師が講義をおこないました(公開)。毎回、研究者だけでなく島内在住の講師からも指導をうけています。

 ホームページを見ていただくとわかる通り、この構想はまだまだ十分に機能を発揮しているとはいえません(それには私に大きな責任があります)が、息長く育てていくつもりですので、温かく見守ってやって下さい。