ランドスケープ設計者にとっての地域

三谷徹

環境計画学科環境・建築デザイン専攻

環境意匠大講座

 設計業を続けていると、しばしば思うことがある。初めてこの土地にやってきたわれわれが、どれだけの責任を持って満足の行く設計を追行することができるであろうかと。あるいは、どうしてこの土地に住むこの土地の者ではなく、なんの縁りもないこの私に設計が依頼されるのであろうかと。

 設計という仕事は、一回一回がその土地との一期一会となる。設計を始めるにあたって初めてその土地に足を踏み入れ、工事が終了するとまた次の設計地へと移ってゆく。特に小さなアトリエ事務所の場合は、大都市の大型プロジェクトに縁はなく、地方の小さなプロジェクトを巡ることが多い。設計の本拠地を都市圏に置きながら、この10年間、九州大分県、宮城県の仙台、富山県の山奥、島根県出雲、四国は高松と日本全国を渡り歩くばかりか、ドイツの片田舎や、マレーシアのジャングルの奥の敷地にまで出かけていって、その土地のために設計をしてきた。こんなことは本当に一人の人間ですべきことであろうか。

 特に建築と違ってランドスケープの場合は、国内でも場所が変われば気候風土もかなり異なり、植生も一変する。同じ植物でも呼び名が違ったり形状も異なることがある。多くの場合、その土地性に設計内容が左右されるのである。

 それでは設計者は、その土地に棲みつき、その土地の人間となってその地域のためにのみ職能を発揮させるべきであろうか、と問うてみよう。それもひとつの可能性であろう。しかしそれとは別のところに、いろいろな土地の設計を手掛けることに利点があるのではなかろうか。

 第一に、その土地にとって部外者であるというまさにそのことが価値になると感じることがある。たとえば自分はアメリカで数年間生活して初めて、日本の風土というものを強烈に意識するようになった。それは自分が日本人にはない感覚を身につけたからであると思う。同じことが、設計する土地を訪れた時にも生じることがある。こちらがとても面白いと感じるその土地の特徴に、意外と土地の人は気づいていないということがある。ひとつの土地柄は、他人の眼を通して初めて見えてくるのである。

 第二に、世界のどの地域の人々も、今現在世界で最も価値あるもの、時には新しいものを求めているということを忘れてはならない。「その土地らしいもの」を設計してあげようと思うことは、時にして設計者が陥る思い上がりである。今日世界のどの国でも情報はゆき渡り、人々は、地域性にはしばられない普遍的な価値を求めているのである。人々はむしろエセヴァナキュラリズムには意外と敏感な反発を見せる。それより、今の時代の普遍的価値をその土地に持ってくることによって、逆にそれがその土地性と響きあい独自の空間を生み出すという経験を幾度か味わった。

 俺はいろいろな世界を知っていると傲慢すぎないこと、また逆に、自分はこの土地にとっては他所者なんだと卑屈にならないこと。これをうまく裏返して、部外者の眼による発見を生かしてもらおうとすること、自分は何も知らないのだからよく教えてもらおうと謙虚になること、である。自分をその土地に対して素直に開くのである。すると自然に道はできてくる。 いろいろな土地の人とつきあい、小さな成功と失敗をくり返しながら設計を続けてきた今、このように回想する。



クアラルンプル、P銀行のためのプロジェクト

─雨、湿地、日光、二進法をテーマとした中庭─