地域社会との連携

宇曽川の平均透視度25cm達成のために

増田佳昭

生物資源管理学科

生物資源循環大講座

<滋賀の農林水産ビジョンと数値目標>

 「食,土,水,人,4つの元気の創造」をタイトルに,平成13年3月,「しがの農林水産ビジョン」が定められた.ビジョンの大きな特徴は,基本理念に「琵琶湖をはじめとする自然と生産活動との共存」と打ち出したことだ.その中には,「しがエコ農業」として「環境にこだわった農業」の推進が盛り込まれた.農業生産のあり方を,環境に負荷をかけないものに改善しようとの考え方と姿勢を,正面から打ち出したものといってよい.13年4月からは,筆者も構想の段階から関わった滋賀県環境こだわり農産物認証制度が発足した。今回のビジョンを契機に,新たな琵琶湖流域農業の創造に向けて,関係者の努力が期待されるところである.

 さて,ビジョンを単なる構想にさせないために,具体的な達成目標を明示しているところに,今回のビジョンのもう一つの特徴がある.具体的には,平成10年を基準に,平成22年の目標値を定めているのだが,たとえば,農薬及び化学肥料の使用量は「現状より2割程度減」,環境こだわり農産物認証水田面積は現状(平成13年度)の587haから7,200haへ,施肥田植機の普及率は43%から60%へといったぐあいである.

 なかでも注目すべきは,宇曽川の平均透視度を,平成10年の15.6cmから目標年には25cmにまで改善することが明記されていることである.中間年である平成17年度は,21.0cmである.目標値を県民に対する県行政の「約束」ととらえるにせよ,県行政を含めた県民全体のめざすべき「目標」ととらえるにせよ,こうした具体的な改善目標が,数値で示されたことの意味は大きい.なぜなら,「目標」を定めるということは,それを達成するための手段とその体系が,具体的に問われることを意味しているからである.数値目標を示すからには,それを実現できる具体的な道筋を示さなければならないのである.

<求められる「有効性」と「総合性」>

 だが,そうした視点から見た場合,目標達成のための対策体系の具体化には,依然として課題が多いといわざるをえない.宇曽川をはじめとする農業濁水対策は,一般に「みずすまし構想」とよばれる施策によって推進されている.その内容は,「施設対策」(農業用水の再利用,農業排水の浄化,有機性資源の循環等ハード対策),「営農対策」(土づくり対策,施肥量の削減,流出防止対策等),「啓発対策」(県民の参加,集落での取り組み,体験学習の推進等)の三つの柱から成っている.問題は,これらの個々の対策の「有効性」であり また個々の対策をどのように組み合わせれば目標値が達成できるのかという対策の「総合性」であろう.

 まず個々の対策の「有効性」についてである.それは透視度の改善という目標値に対して,それぞれの対策が果たしうる「貢献度」といいかえてもよい.費用対効果も含めて考えた場合に,有効性の低い施策が選択されていないか,逆に,大きな有効性がある対策であるにもかかわらず,採用されていないものはないか,「有効性」の視点から,それぞれの個別対策を総ざらいしてみる必要があるように思う.施設対策の中にはその有効性に首をかしげざるをえないものもある.



写真―1 代かきの様子


 だが,個々の対策の有効性を考える上で問題と思われることは,それぞれの流域における農業濁水問題発生の構造が,十分に解明されていないことである.言いかえれば,汚濁発生のしくみと流出経路の解明である.それらは,圃場試験としてだけでなく,それぞれの流域における圃場の実態や管理方式,用排水とその管理,具体的な農作業のやり方,さらにはそれらを担う農業者の意識や行動にまで踏み込んで,構造的に把握される必要がある.徹底した問題構造の解明こそを先行させるべきではないか.

<フィールドワークでの筆別濁水排出状況調査>

 一つの調査結果を紹介しておこう.筆者らが指導した平成13年度のフィールドワークでは,大学近辺の水田圃場を対象に,春作業期の農業濁水の排出状況を圃場一枚ごとに調査した.転作田を除く182枚の水田を調査したが,代かき進行中の4月23日,入水済み水田129枚のうち29枚から濁水の排出がみられた.その割合は22%である.このうち18枚は用水側から給水中であった.田植えが終了した5月14日時点では,田植え終了田154枚,しろかき終了田27枚,合計181枚のうち,88枚(全体の48%)で排水路側からの排水がみられた.このうち排水口からは55枚,それ以外(漏水および顕著な漏水)は33枚であった.あぜの状況を調べると,あぜ傷み等問題のあるあぜが49枚(27%)もあった.

 このことからわかるのは,あぜの老朽化や手入れ不足のために,濁水排出を「止めようにも止められない」水田が少なからずあることであることがわかる.調査対象水田の圃場整備時期が昭和40年代と古いこともあるのだが,漏水対策を中心とする排水路側整備が緊急の課題である.もう一つは,農家の用水管理のルーズさである.「漏水が激しいから給水が必要」なのも事実だが,「かけ流し」に近い用水管理が少なくない農家で行われていることも事実である.あぜ塗りなど圃場管理の「手抜き」,用水管理の「手抜き」の背景に,一方での兼業化による手間不足,他方での大規模化による圃場分散を理由とした管理困難という二重の手間不足が存在していることは,関係農家のアンケート調査にもとづく卒業論文で,今津進一君が明らかにしてくれたところである.



写真−2 傷んだあぜからの濁水排出


 きわめて限られた調査結果ではあるが,濁水対策として排水路側あぜの補修・整備と適切な管理,排水路の整備保全が「有効性」をもつだろうことが示唆されるのである.他の地域の大規模農家からの聞き取りでも,流水により排水路床が削られて,側面のあぜ土壌流出を引き起こしているとして,「圃場整備の設計ミス」を指摘する声もある.老朽圃場を中心に,何らかの対策が必要だろう.

 もう一つは,農家の用水管理の改善である.もちろん,その前にしっかりと水を止められる尻水戸形成が不可欠だが,その上で,農家ができるだけ水を使わないようなインセンティブ対策や組織的対応策を検討する必要があろう.具体的には用水料金課金方法の従量制への移行や節水型・環境保全型農法への水利費減免,団地的な水利用,連坦圃場での水の再利用などが考えられよう.排水側の整備と適切な給水が実現すれば,少なくとも,「通水と同時に濁水が出る」という状況(図−1参照)は,だいぶ改善されるのではないだろうか.

<「総合化」のための継続的協議体を>

 最後になったが,もう一つの課題である対策の「総合化」についてである.3本柱からなる前出の農業濁水対策は,実際には行政の縦割り機構の中でそれぞれ行われているのが実態である.宇曽川シンポをはじめ,さまざまな「総合化」の試みがなされているのだが,対策の総合化にはほど遠いのが実情ではないか.






 対策の総合化を行政に期待するのはもちろんであるが,対策総合化の基盤条件として,農業の現場,行政,そして研究の三者が情報を交換し,問題を共有することが必要と思われる.琵琶湖に負荷をかけない水田農業のあり方に関する継続的なフォーラム(たとえば,「環境保全型水田農業フォーラム」)など,研究をベースとしながらも,さまざまな人々に開かれた継続的協議体の設立が望まれていると考えるのだが,どうだろうか.



図−1 安壺川(宇曽川支流)における透視度の変化と流域の春作業進捗度