環境セミナー・環境学コロキウム’01報告

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第1回環境セミナー(7月23日)

「いまliving roomのつくりかた」


講師 藤木忠善氏 (東京芸術大学名誉教授)


本年度第1回環境セミナーは、7月23日(月)15:00〜16:30環境科学部B0棟2階会議室において、東京芸術大学名誉教授 藤木忠善氏を招いて行った。テーマは「いまliving roomのつくりかた」であった。本講演会と同時開催した同氏の「ふたつのすまい+α」展と共に藤木氏の住宅論、すまいの哲学の全貌をうかがい知る熱のこもった講演であった。

 ふたつのすまいとは、1963年につくられた自邸「サニーボックス」は一種の実験住宅で密室的になりがちな都市住宅を、いかに開放するかという提案となっている。伝統を生かし融通性のある間取り、戸外の居間としてテラス、屋上庭園などをもつ三層住宅で今日の新しいライフスタイルの可能性を示す住宅として高い評価を得た作品である。1996年に建てられた「マウンテンボックス」は、軽井沢に建てられた住宅で、「サニーボックス」が若く活動的な家族のものとすれば、これは齢を重ねるための向齢住宅で、山小屋のようなミニマムな空間の中にフレキシビリティと情報化時代にふさわしい空間が凝縮されたものである。このふたつの住宅は共に自分自身が住むために設計したものだが、この住宅の背景に37年の時間的経過を見ることができ、さながら現代の住宅史のような印象を受けた。 多くの関心をもった環境・建築デザイン専攻の学生を約80人集め、スライドを用いながら藤木氏の熱のある話に多大の感銘を受けたようであった。(文責 内井昭蔵)




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第2回環境科学部セミナー(10月25日)


「欧州に見る自然重視「再生」の試み」

講師 政井孝道氏 (ジャーナリスト・元朝日新聞大阪本社論説副主幹)



ダムや工業地帯、大規模住宅団地など近代化を支えてきた「巨大装置」を、自然との共生という目で見直す動きが欧州で広がっている。生態系や自然の回復を重視し、「修復」という手法で社会の基幹部分を「再生」しようというのだ。

 わが国でようやく始まった大規模開発のアセスメントの先にある「修復型再生」のプロジェクトが、こうした3つの分野で講演のテーマであった。

 一昨年ご自身が視察された、オランダ南西部のデルタ地帯の河口堰の水門を開けた事例、ライン川上流の洪水防止のための遊水地、ウィーン郊外の「ドナウ氾濫原」国立公園、ルール工業地帯IBAエムシャーパーク総合再生プロジェクト、さらに、旧東独の老朽化住宅団地の再生事例について、スライドを用いた詳細なご紹介をいただいた。

 社会部記者の「生活者の視点」に立つプレゼンテーションは、環境科学の個別分野に身を置く側から見ると極めて総合性が高く、通常考える機会の少ないことでもあり、示唆に富んだものだったと思う。

 環境科学部B0会議室の会場は、他学部からを含めて60名以上の参加者で埋まった。政井氏のご友人の滋賀大学学長・宮本憲一先生も加わったディスカッションも予定時間を大幅に越えた。

 紹介された事例の中でもIBAエムシャーパークは、広域環境の再生プロジェクトの中で汚染土壌対策、緑の回廊作りなど、個別の環境技術をどのように扱うかに関する具体事例である。同時にこの事例は、国家が終焉し、地域分権で人間の尊厳を守らなければならない今の時代にあって、世界新秩序というほどの内容をもつプロジェクトと評価される*。今後とも我々の学習対象とすべきものと思われた。(文責 澤田誠二)

(*:宇沢弘文、日経ビジネス、2002年1月21日号)




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第3回環境科学セミナー(11月8日)


「ミャンマーにおけるイネ遺伝資源の探索」

講師 石井尊生氏 (神戸大学農学部助手)



人口の増加と環境の悪化により、今世紀の半ばには全世界的な食糧危機が到来するという警告がなされている。食糧危機を未然に防止ためにいろいろな分野でいろいろな方法が講じられている。が、100億人に達すると考えられている地球の人類が健康に生きられるだけの食糧を確保することが最も基本的で重要な食糧危機対策である。

 大規模で画一化した農地に単一の作物を栽培する近代農法は生産の効率化に大きな役割を果たしたが、一方で多様な環境で生き抜くための作物の遺伝子を見捨ててしまった。将来環境が変化したとき(地球温暖化が現実ならシミュレーションでは予想できなかった事態も生じるに違いない)、見捨てられた遺伝子が役に立つことは十分に考えられる。このため、将来のための遺伝子の保全と有用遺伝子の探索を目的として、世界各地で重要な作物の地方品種、野生種の調査が継続して行われている。わが国の主食作物であるイネに関しても農林水産省や文部科学省の研究費を受け、各地に毎年のように調査団が派遣されている。

 講師の石井氏はイネを研究材料とした新進気鋭の植物分子生物学者であり、近年はイネ遺伝資源探索のためのプロジェクトの一員として、ミャンマーにおける調査を担当されておられる。講演ではイネの野生種、地方品種の姿をスライドで紹介しながら、遺伝資源調査の重要性について語ってもらった。ミャンマーは東南アジア諸国の中では情報の乏しい国である。軍政下という厳しい条件ながら、現在のミャンマーの姿を捉えたスライドと話も非常に興味深いものであった。(文責 長谷川博)




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第4回環境科学セミナー(12月14日)


琵琶湖集水域の自然環境研究

講師 吉良竜夫氏 (滋賀県琵琶湖研究所・国際湖沼環境委員会)



琵琶湖集水域(=滋賀県)の自然環境は、基本的には一時代前の第一次産業主体のころに形成されたパタ−ンが、人間活動によって改変されつつある状態といえよう。人間活動の場としての自然環境の形成要素は、常識的には地形・地質・気候・土壌・植生などだが、それらの間には複雑な相互関係があるから、総合的な把握が要求されることはいうまでもない。また植生や土壌については、人間活動との関連の理解が必須である。

地形や地質・気候などは、それぞれ専門の調査機関があり、基礎的なデ−タは以前からそろっている。しかし、この程度のスケ−ルの地域の環境把握には、一般的な地質図や気候図では不十分で、もっと細かい現地に則した知識がいる。幸い滋賀県には、学校教員の方々などに自然研究者が多く、レベルの高い研究が少なくなかった。特定の課題については、専門家による高度な研究―たとえば古琵琶湖層群や植生区分などの研究―も行われていた。しかし1970年ころの時点では、個々の環境要素に関しては全集水域を見わたした詳細な現状把握が、自然環境全体については総合的な理解がかなりおくれていた。

 おくれを感じさせたきっかけは、琵琶湖総合開発事業の進行(1972〜)や、自然環境保全法の施行(1972)であった。すぐ県の自然環境保全審議会が発足し、1975年からは滋賀自然保護財団による調査が始まり、大部の報告書『滋賀県の自然』が1979年に出版された。しかし、その内容は、まだ従来の個別研究のまとめを大きく越えるものではなかった。

 琵琶湖研究所が1982年に発足したとき、私たちはまず全集水域の状況を統一した基準でとらえることが必要だと考えた。その結果、地形や植生の影響を考慮した詳細な気温・雨量・蒸発散量分布図の作成、積雪量の調査、膨大な植生調査結果のデ−タ・ベ−ス化・地図化、土地利用・人口分布などをはじめ多くの社会・経済現象の地図化などが生まれた。人間活動と自然との相互作用に基づく地域区分の考えも、提案された。これらの成果は、今では珍しくなくなったこの種の表現の先がけとして、関係の人々の認識を深めるのに貢献したと思う。

 このような段階を経て、今では、地理情報システム(GIS)を利用した土地利用・流域特性の解析(琵琶湖研)、景観生態学の手法による自然景観分布(琵琶湖総合保全基礎調査)などの広域研究と平行して、森林や農地・集落からの水・栄養塩の流出調査(県立大・琵琶湖研)、森林伐採が水・大気環境に及ぼす影響(琵琶湖研・琵琶湖博物館・県立大)などの個別的研究が進められている。(文責 伏見碩二)




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第5回環境科学セミナー(1月25日)


「地球環境研究のフロンティア」

講師 渡邊興亜氏 (国立極地研究所)



 地球雪氷圏は季節積雪、氷床・氷河、永久凍土、海氷で構成される自然圏である。これら雪氷圏現象のうち、氷床・氷河は地球上の淡水の80%を占め、その大半(99%以上)は両極域に分布する。

 雪氷圏自然は地球表面状態として大気―地球表面間の相互作用を通して、地球気候システムに大きな影響を及ぼす。また地球の気候変動によってそれらの存在量は大きく変動し、それがまた地球気候および環境の状態にフィードバックする。巨大な淡水塊である氷床の流動は緩やかな水循環過程でもあり、そのさまざまな時間規模における変動は海水位の変動と密接に関係し、陸―海域分布の変動を通して地球環境に大きな影響を及ぼす。

 南北両極域における地球科学観測の課題は多岐に亙るが、南北両極域における雪氷圏の分布およびその形成・維持機構とその変動の解明は必須の研究課題である。

 我が国の南極観測は45年の長きに亙り、また北極域での観測は10年前から本格化し、いずれも国際協同観測の一環として進められてきた。特に我が国の南極域での地球科学観測史において、東南極大陸みずほ高原で展開された広域雪氷環境の観測および氷床頂上域で行われた深層雪氷コア掘削計画の成果と最近10年間に極域比較観測として行われてきた北極観測の成果が地球環境研究で重要な位置を占めている。(文責 伏見碩二)





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第6回環境科学セミナー(1月25日)


「内蒙古Huanghe 河における水資源利用の向上」

講師 韓太平氏(内蒙古林業科学研究院教授)

張文軍氏(内蒙古林業科学研究院副教授)



 「日本生命財団一般研究助成金」による研究分担者として中国内蒙古より共同研究の打ち合わせのために来学された内蒙古林業科学研究院の韓太平教授と張文軍副教授に講演依頼をしたところ快諾していただき、急遽講演が行われました。

韓教授は「内蒙古のフアンジ河(黄河の支流のひとつ)における水資源利用の向上」という演題で講演をされ、内蒙古自治区における農業による砂漠化進行とその対策として散水灌漑や点滴灌漑などの節水的水利用と管理、さらには地表面被服による土壌面蒸発抑制や使用水の高価格設定による節水や生活排水利用など総合的対策を図る必要性を当事国の研究者から聞くことができた。

一方、張副教授は「内蒙古における砂漠の現状とその管理」という演題で講演され、内蒙古における土地利用の地域的特色、家畜の過放牧や灌漑水の過剰利用および農業不適地における耕作などによる砂漠化、砂漠化の進行メカニズムなどの環境問題紹介と家畜侵入防止柵設置後の種子の空中散布や魚鱗工法などによる問題解決への取り組みなど、予定の講演時間を超過しても話し終えないほどの資料を用意しての現状を聞くことができた。

したがって、今回の環境セミナーでは世界的環境問題である砂漠化や土壌浸食などに直面している当事者から現状分析・取り組みなどとともに今後の課題等を聞く機会が得られ、非常に有意義な講演だったと言えよう。(文責 矢部勝彦)