地域性を取り入れた新たな試みへ

山本直彦

環境計画学科

環境・建築デザイン専攻

私がこれまで研究を行ってきた建築計画と言われる分野では、環境問題への関心が高まった1990年代には、日本の近代化や居住文化を相対的な目で見直す作業が行われてきました。実はこれらの問題は、戦後の日本の発展の中で、常に繰り返して問い続けられてきた問題でしたが、きちんとした対応が取られないまま、日本の住まいや都市は姿を変え続けてきたと思います。建築や都市計画に関わる人たちは、特に80年代以降、資本や経済の論理に対して、なすすべがなかったと言ってよいかもしれません。そうした状況に取り囲まれて、もう少し長い時間の流れの中で培われ存在してきた(サスティナブルな)、原点に戻った住まいや環境のあり方を見直そうと、多くの研究者たちがアジアや第三世界に目を向け始めていた時代が私の学生時代でした。

建築計画という学問分野は、簡単に言えば、建物や地域を計画する際に美的な問題だけでなく、社会的、経済的、文化的など私たちを取り巻くさまざまな条件を勘案して考え計画していこうとするものです。研究のフィールドを東南アジア、特にインドネシアを選んで留学し、さまざまなものを見てきました。ともすると社会的、経済的、文化的といったさまざまな側面から余り全体の違いが見いだしにくい日本に比べて、インドネシアでは民族や宗教といった問題も含めてそうした要素やその格差が今まさに進みつつある近代化の中でモザイク状に同時に存在していました。

最初に出会ったのは、インドネシア独特の集合住宅のかたちでした。赤い瓦屋根と白い壁のコントラストが印象的な低層の集合住宅です(写真1)。低所得者層の居住地の再開発プロジェクトなのですが、下手すれば当時すでに息が途絶えかけ始めていた日本の団地に比べて、住宅の外にも内にも人があふれ活気に満ちていました。階段を上がって建物の中に入ると廊下がとても広く、家具がたくさん出ており、下町の路地のようでした(写真2)。集合住宅であるのに、現代の住まい方のオルタナティブという表現がこれほどハマるものは未だかつて見たことがありません。


写真1.インドネシア・スラバヤ市の低層集合住宅


写真2.同 路地のような廊下

以上が出発点となって、その後の研究は、低所得層の人たちが、都市や村でどのような住まいや住まい方の特性を持っているのかを追っていきました。最終的には、その成果の一部を、日本やインドネシアの他の研究者の方々と協力して、熱帯型の環境共生住宅として実現する機会に恵まれました(写真3)。もともと環境共生住宅は、寒冷地のパッシブソーラー、つまり北ヨーロッパや北米で発展してきたものです。一方で熱帯の場合は、パッシブクーリングをしなければなりません。大きな違いは、寒冷地の住宅が外気をシャットダウンする閉鎖型であるのに対して、熱帯の場合は、外からの熱を遮断しつつも、空気の出入りを確保する点です。このために、計画されたモデル住宅は、躯体に熱容量を確保しながら、空気の流れを考えたデザインになっています。日本の住宅も伝統的には、「夏を旨とするべし」のように開放的なものでしたが、近年は冷暖房効率のため高気密高断熱化しています(そのためシックハウス問題が出現した)。大きなタイムスパンから見た場合、日本の住宅は大きな転換点にあると言えるのですが、開放型の空間を持つ環境共生住宅を熱帯で考えることは、日本の住宅のあり方を考える上でも大きなヒントになります。


写真3.熱帯型環境共生住宅・外観

実験住宅では、床スラブの中に、地下水を循環させて輻射冷房を行うためのパイプの埋設、空気層やココナッツ繊維をレイヤーにして断熱を試みた複層屋根、冷却水の中水利用なども試みています。こうした装置に加えて、昼間に室内の温熱環境を過ごしやすく保つには、躯体の熱容量を利用して、夜間冷気を蓄えることが重要であることが分かってきました。低所得層向けを念頭においた実験住宅なので、導入した技術やアイディアは最先端のものばかりというわけではなく、実は、平面計画は最初に述べた集合住宅のものを踏襲するなど、多くの地元の知恵をベースとしています。ただ、実験住宅の温熱環境は、シミュレーションによって予測し、建設後は、実際に数ヶ月間、センサーやデータロガーによって熱環境測定を行うことによって検証しています(写真4)。


写真4.温熱環境測定機器

伝統とテクノロジーを融合した同じようなアプローチで現在取り組んでいるプロジェクトに仮設住宅の技術開発があります。左官技術を用いてつくるシェル構造の仮設住宅です(写真5,6)。これは(前任校の関係で)京都型モデルとして開発しています。京都では応仁の乱で市街地が壊滅したとき、人々は東山の門前町をつくって寺院と共に生活しましたし、現代でも災害で町屋が倒壊したときに、寺院境内を仮設住宅の建設地として利用することはあり得るのではと考えたのがきっかけです。そのため伝統技術と伝統材料を用いています。現在は1/3の大きさで高さ1mほどのシェルをつくって実験をしています。構造シミュレーションでは、わずか厚さ4mmのモルタルシェルで100kg近い垂直加重に耐えるとの結果が出ました。半信半疑で破壊実験(写真7)を行ってみると多少の施工瑕疵があったにもかかわらず、90kgを超える荷重に耐えました。その他の材料には、通常の左官工事で使われる珪素系の軽量骨材や、漆喰のひび割れ防止に使われる麻繊維、ラスの代わりに和紙を用いています。最終的な仕上げは、外側は耐水性を考慮して漆喰磨き、内部は稲荷山黄土など、京都の色土を塗ろうと考えています。左官工事は安全性が高く、部分的には技術の無い人でも参加できることもポイントです。


写真5.左官工事による仮設住宅モデル


写真6.同 施工の様子


写真7.垂直荷重による破壊実験

どちらかと言えば、歴史的には環境問題を作り出してきた立場にある建築は、環境問題に対するタクトを率先して振るうことができるのか?環境科学部におかれた建築には何とも重い問いが課せられていますが、研究とものづくりをフィードバックしながら、その地域の特色など時間に耐えつつも消えつつあるものに再び目を向けながら、かつ現代の要求に応えた新たな実践を行っていきたいと考えています。