琵琶湖と共生する水田農業のあり方”を求めて

小池恒男

生物資源管理学科

1.はじめに

“琵琶湖と共生する水田農業”という概念は、滋賀県農政がすでに四半世紀にわたって取り組んできた農業排水対策や1)、環境こだわり農業2)、魚のゆりかご水田事業のみならず、冬期湛水・不耕起栽培をはじめとする環境保全型農業を広く包含し、さらには、必ずしも営農目的にこだわらないビオトープ水田等をも包含する概念としてあります。この点にかかわって近年とくに強く思うのは、生産に従事する人も、風土(気候、地形、地質)も多様なのですから、環境保全型農業もこれくらい広角度でとらえる必要があるのではないかという点です。

2.なぜ大規模環境保全型農業なのか

顧みますと、2000( 平成12) 年から規模の大きい環境保全型の稲作経営を追いかけて調査研究を進めてきたことになります。最初は、1 期生の平川仁樹さんと福井県大野市の松浦助一さん(( 有) アースワーク)の経営について調査させていただきました。調査に関して全面的な協力をいただけるということで、大変貴重な資料提供をいただくことができました。その経営概要は図1に示す通りですが、販売事業に対応する面積規模というとらえ方をすればその規模は125haに達しています。


図1.調査農家の経営概要

大規模であるという点のほかにこの経営には、一つには、直営農場、委託農場そして契約農場という、三つの経営組織を擁しているいう点と、二つには、全体として環境保全型稲作に取り組んでいるという二つの大きな特徴があります。まず第一の点に関連して説明しておかなければならないのは、その三つの経営組織についてです。直営農場は、言うまでもなく当有限会社が自ら経営する27ha の規模を擁する稲作経営であり、その内の23.30ha の水田で無農薬無化学肥料の環境保全型稲作を展開しています。委託農場は、農地の借り入れ主体が当有限会社、経営主催権も生産物の処分権も当有限会社がもち、耕作を5人の耕作者に委託している農場であり、この33ha の委託農場では減農薬・無化学肥料の環境保全型稲作が展開されています。契約農場は、当有限会社と地域の20 人の農業者との間に結ばれた契約関係の上に成り立っている農場であり(栽培マニュアルに基づく栽培の実施と販売委託を契約内容としている)、ここでも減農薬・無化学肥料栽培が取り組まれています。当有限会社の販売数量は全体として9600 俵、576 トンに及び、これに対応する水田面積は125ha に及んでいます(これは、個人経営の環境保全型稲作経営の規模として全国最大)。減農薬・無化学肥料を含めて環境保全型稲作の規模が125ha に及ぶという点に加えて注目されるのは、当有限会社の地域農業の組織化戦略の展開です。その意図するところは、当有限会社が直営農場、委託農場、契約農場という三つの経営組織を擁し、当社の4 人の従業員に加え、委託農場の5 人、20 人の契約農場と、この労働市場冬の時代に30 人の就業機会を確保し、さらに作業委託で地域との連携を図っている点によく示されています。さらに言えば、この戦略は、賃金の安い外国人労働者を雇い入れてただやみくもに直営農場の規模拡大に走るのではなく、地域社会における人間関係、生産関係を重視した日本的な生産体制の形成をめざす経営主の経営理念によるところが大きいわけです。松浦さんとは今日に至るまでお付き合いを続けているわけですが、2000(平成12)年から5年経過した今日、その後の展開につて改めて学生とともに、とくに環境保全型農法の技術の修正、改善について詳しく調査させていただきたいと考えています。

最後に、なぜ、大規模であるということと環境保全型農業であるということとを結びつけて問題意識をもち、そういう事例を追いかけて調査研究を進めることを思い立つに至ったのかという点についてふれておかなければなりません。それは、現行の食料・農業・農村基本法にかかわることです。1999( 平成11) 年7月に成立した基本法は、周知のように、「農業構造の確立」をうたう21 条で「効率的かつ安定的な農業経営の育成」を言い、「農業の持続的な発展」をうたう4 条で「農業の自然循環機能の維持増進」を言っています。この両政策課題は、究極的には効率性か環境保全かという根本的に矛盾対立する政策理念によって立っていて、予定調和的に両立するものではありません。そういう意味で基本法が、「持続性の確保の範囲内の中での効率性の実現」という明確な認識を欠いているという点はやはり大きな問題点として認識しておかなければなりませんが、同時に、絶対矛盾として頭から否定して二つの理念の両立を退けるのではなく、ここは、「持続性の確保の範囲の中での効率性の実現」という明確な認識に立脚しつつ、二つの理念の実現の可能性を実践する中で見い出していくという観点を大切にして、すでにある地域における二つの理念の両立をめざす取り組みに大いに学ばなければならないと思うのです。先に述べましたように、2000( 平成12) 年から規模の大きい環境保全型の稲作経営を追いかけ始めたのですが、その背後には、私を突き動かす以上のような強い問題意識があったからにほかありません。3)


3.冬期湛水・不耕起栽培との出会い

なぜ、福井県大野市の松浦さんであったのかと言えば、それはやはり私の問題意識がそうさせたということなのですが、2000(平成12)年当時、残念ながら滋賀県下に、規模の大きい環境保全型の稲作経営については寡聞にして存じ申し上げないということでした。正確に言えば、1999(平成11)年に、平川さんの卒業論文のための調査で、県下の大規模稲作経営に対するヒヤリング調査(10事例)を実施していましたので、その中に確かに1事例だけ該当する経営を確認しておりました。しかし残念ながら、率直に申し上げてその経営は本格的な経営調査がきわめて困難な状況にあり、係数把握もほとんど困難と判断せざるを得ない状況にありました。そこは、社会科学における実態調査のつらいところです。しかし、このときの大規模稲作経営に関するヒヤリング調査からも、大規模稲作経営の環境保全型農法に対する関心の高さは十分に伝わってきました。すでに積極的に取り組んでいる経営、試験的導入に踏み切っている経営、新規に取り組むことを予定している経営が多数に及んでいました。4)

そこに舞い込んできましたのが、「八日市市に規模の大きい冬期湛水・不耕起栽培の稲作経営あり」の情報でした(03(平成15)年)。そこで早速、7期生の井上藍子さんと調査に入らせていただくことになったのですが、それが八日市市の仲岸希久男さんでした(04(平成16)年)。と言っても、井上さんともども当時は冬期湛水・不耕起栽培の何たるかをまるで知らないというありさまでした。しかし、仲岸さんにも調査に関して全面的な協力をいただけるということで、貴重な資料提供をいただくことが出来ました。仲岸さんの経営戦略は、各地で荒廃農地をみつけて、その集落に頼み込んで耕作させてもらうということですから、表1 にも示されるように、結果として農地が各地に点在するということになります(荒廃農地を復旧させた水田面積は7.20ha、経営面積の40%)。このこと自体については、驚異的な実践として手放しで評価されるべきことではありますが、精密管理が求められる冬期湛水・不耕起栽培、無農薬・無化学肥料等の環境保全型稲作の取組みにとっては、この分散錯圃の条件はきわめて困難な条件と言えるでしょう。しかしながら、仲岸さんはこのような条件のもとで、03(平成15)年10.00ha、04(平成16)年17.80ha、そして05(平成17)年には圃場の集中化を図りつつ30ha をめざすとしていました。農法についてみますと、冬期湛水・不耕起栽培と聞いていたのですが、実際には水利の制約で表1 で明らかなように、(1)のそれは1.00ha の規模にとどまっています。(2)の不耕起栽培は、冬期湛水をともなわない不耕起栽培でこれが2.50ha、(3)の浅耕起は抑草(雑草の発生を抑える)対策として田植え前に3 〜 5 cmの耕起を行う農法でこれが11.00ha となっています。(4)の慣行栽培は、地域の事情で04(平成16)年のみの臨時的な受け入れで、農協の栽培指針に基づく栽培です。この慣行栽培を除く三つの農法に関しては、無農薬・無化学肥料は共通しており、したがって、環境保全型稲作の作付面積は14.50ha に及んでいます。やはり、冬期湛水が完全な不耕起栽培成立の前提条件としてあると言えるようで、さかのぼって言えば、農閑期における用水の供給を可能にする地域の土地改良組合との調整が必須の条件ということになります。

表1.圃場の分布と農法区分(04(平成16)年現在)


4.共同研究への発展

仲岸さんの経営調査の追い込みをかけている頃、04(平成16)年秋、01(平成13)年度入学の環境計画学科環境社会計画専攻の額田拓さんより、湖北町に圃場を一つの集落に集めて大規模に冬期湛水・不耕起栽培に取り組んでいる生産者がいるという情報をいただきました。そこで早速接触を図り、明けて05(平成17)年1月16 日に、すでに配属の決まっていた当時まだ3回生の8期生の井田秀美さんとともに押しかけて行ったのが湖北町の柴田一義さん(シバタプラセールファーム)でした。

実は、仲岸さんの経営調査を進めるなかで、このような冬期湛水・不耕起栽培をはじめとする環境保全型稲作についての研究を、ただ農業経済というような専門分野からのみ進めていてもどうにもならない、どうしても総合研究の対象にしなければならないと強く感じ始めていました。冬期湛水・不耕起栽培について多少の知識も得られたということもあって、それではその気持ちを大切にして、一念発起して、これに関する総合研究の企画書を作成してみましょうということになりました。それで、04(平成16)年9 月には滋賀県立大学の特別研究費を、そして10 月には文部科学省の科学研究費を申請いたしました。もちろん研究費の受給の有無にかかわらず、05(平成17)年度は柴田さんの経営の調査を進めるつもりをしていましたが、いずれにしましても、より精密な経営調査を進める必要を感じておりましたので、柴田さんの経営調査の協力を得ることが重要でした(この時点では、05(平成17)年度においても引き続き仲岸さんの経営についての調査も併行して継続するつもりでいました)。最初に調査への協力を申し入れた際の柴田さんの言葉は痛烈でした。

協力は致します。しかし、これまでも農業試験場や農林水産省の調査に協力してきましたが、金銭的な見返りはいただいても、そこで得られた知見のフィードバックがあったためしはないし、協力していても何の感動も伝わってきませんでした。それではつまらないのです。ですから、一方的な協力ではなくて、私を共同研究者としてきちんと位置づけてください。

というのが柴田さんの主張でした。至極ごもっともな提案であり、共同研究の実質的な内容については今後さらに深めていかなければなりませんが、とりあえず、走りながら、いつもそのことを頭に入れていて、思いつく限りの配慮をしてみようと思いました。

さてその後、申請した研究費の査定結果がわかってくるわけですが、05(平成17)5 月に、まず、文科省の科研費の不採用の通知を受けました。実は、この頃になりますと本学の特別研究費を申請していたこともすっかり忘れてしまっていたのです。しかし、プレゼンテーションがあったり、実行計画書を提出させられたりしまして、5 月31 日に本大学の特別研究費交付の最終決定をいただきました。5 月に提出した実行計画書で設定した研究課題は、「水田における生物多様性回復の農法開発ならびにその普及に関する実証的研究―冬期湛水・不耕起栽培の環境保全機能の定量的評価と流域水環境管理システムの構築―」というものでした。そういうことですから、私自身の当初の問題意識に加えて、当然のことながら、non-point Source Pollution(非特定汚染源)問題の重大化という背景も意識しなければならないということになりました。下水道の設置や排水規制の徹底等により特定汚染源対策は着実に進められ、今後、ノンポイントソース汚染源の比重が高まることは必定と考えなければなりません。ノンポイントソースである林地、農地、市街地、大気降下物、地下水のうち、とりわけ連年、化学肥料や化学農薬を直接投与する農業の環境負荷がとくに問題視されることになります。もう一つの農政課題である、07( 平成19) 年の導入が決定されている環境直接支払制度の導入という背景があることも意識しなければなりません。より水準の高い環境保全機能の定量評価を急がない限り、公正な環境直接支払いの実施が困難という現状をどう打開するかという課題です。

これらの問題背景を意識しつつ、この総合研究を進める体制を、表2 に示すように、作物学・栽培学、水質化学・水循環、地球環境、動物学、植物学、社会科学の6つの研究グループ(研究課題)と23名に及ぶ研究者で構成しました。23名には、学外者である琵琶湖博物館、琵琶湖・環境科学研究センター、農業試験場、龍谷大学の4名とそれに生産者である柴田さんを含んでいます。こうして、一応、生産者参加型の共同体制を組んで総合研究がスタートすることになりました。

表2.総合研究のための研究組織の構成


5.調査研究の経過

まずはじめに、私たちが調査対象とした柴田さんの経営の冬期湛水・不耕起栽培をはじめとする環境保全型水田農業の実態について表3で簡単にみておきたいと思います。前作が麦・大豆の稲作は耕起・代かきをせざるを得ませんが、これを含めた稲作、麦・大豆作に関しては一部で尿素を施用している以外は、無農薬・無化学肥料という点で共通しています。もちろん、当該経営は冬期湛水・不耕起栽培を環境保全型農業のより高位の農法として位置づけ、条件の許す限りその導入に努めていす。それにもかかわらず、その栽培面積を03(平成15)年から05(平成17)年にかけて縮小させています。このことは、調査対象経営が圃場条件や社会的制約によりやむを得ずそれに準ずる浅耕起(冬期湛水が不完全なために十分な雑草発生の抑制効果が期待できないと判断せざるを得ない場合に5〜 10cm の浅耕起を実施する)、「転作あと耕起・代かき/無農薬・無化学肥料栽培」を実施するという弾力的、現実的な対応を重ね、全体としてより高い水準の環境保全型稲作の実現に向けて年々前進を続けている過程にあることを示しています。そういう意味で、このような実態をふまえて、本研究では慣行栽培の稲作を除く全体を「冬期湛水・不耕起栽培をはじめとする環境保全型稲作」としてとらえて、その全体を研究対象にする必要があります(転作の麦・大豆作も無施肥、無農薬栽培なので、これを含めて経営全体を環境保全型水田農業ととらえることもできます)。表3 で明らかなように、主要な調査対象とすべき冬期湛水・不耕起栽培はわずかに30a(1 筆)ということではありますが、05( 平成17) 年においてはとりあえずこれと隣接する慣行作を比較対照区として調査・測定を進めることにしました。

表3.調査対象経営における冬期湛水・不耕起栽培をはじめとする環境保全型稲作の栽培概況


さて、こうして立ち上がった共同研究なのですが、しかし、当然のことではありますが、必要とする準備状況の違いもありますから、すべての研究グループが一斉に調査活動を本格的にスタートさせるということにはなりません。ではありますが、表2に示した6つの研究グループのうち4 つの研究グループがフィールドでの調査活動に踏み切ることが出来ました。5)

本学の特別研究費は、「本学を特色ある大学として、広く内外に認知させる個人研究または複数の教員による学際的な共同研究」であることを強調しています。私たちはこの趣旨を深く汲み取り、“琵琶湖と共生する水田農業のあり方”に関心をお持ちの県民の皆さんとともに、広く全国の、世界の実践的な研究に大いに学び、同時に私どもの進めている共同研究の成果を迅速に公開するという趣旨のもとに、以下に示す公開研究会を開催してまいりました。

第1 回公開研究会05(平成17)年7 月27 日(水)開催

 [ 研究会プログラム]


1. 講演I

「佐渡の冬期湛水・不耕起栽培―朱鷺に引かれて20ha ―」根本伸一(NPO 法人メダカのがっこう副理事長)

2. 研究報告

「水稲の冬期湛水・不耕起栽培の水循環・物質循環と水質」金 桂花(滋賀県立大学大学院環境科学研究科博士後期課程)

3. 講演II

「不耕起稲作の環境保全機能の評価」矢部勝彦(滋賀県立大学環境科学部教授)

4. 事例報告

「私たちの冬期湛水・不耕起栽培の実践」澤田龍治(朽木村不耕起栽培研究会代表)第2 回公開研究会05(平成17)年12 月2 日(金)開催

第2 回公開研究会05(平成17)年12 月2 日(金)開催

 [ 研究会プログラム]

1. 講演

「冬期代かき不耕起栽培乾田直播技術―どう進めた・どう進める開発と普及」釋(しゃく)一郎(愛知県農業総合試験場山間農業研究所長)

2. 事例報告1

「 冬期湛水・不耕起栽培―平成17 年の取組み状況と今後の課題―」柴田一義(シバタプラセールファーム)

3. 事例報告2

「冬期湛水・不耕起栽培の投入・産出分析」井田秀美(滋賀県立大学環境科学部学生)

4. 研究報告

「不耕起水田と耕起水田―ユスリカ密度の比較分析―」近 雅博(滋賀県立大学環境科学部教授)

第3 回公開研究会(シンポジウム)06(平成18)年1月22 日(水)開催

[ 研究会プログラム]

1. 研究報告1

「営農効果と多面的機能の発揮の観点からみた冬期湛水への期待と課題」嶺田拓也(環境工学研究所)

2. 研究報告2

「コウノトリ育む農業の取り組み」)西村いつき(豊岡農業改良普及センター)

3. 研究成果と今後の課題

(1) 国松孝男、(2) 小谷廣通、(3) 須戸 幹、(4) 小池恒男

4. 総合討論(シンポジウム:座長 小池恒男)

6.今後の研究課題

 ―地域連携のさらなる発展をめざして―

本年の調査研究をふまえて、共同研究者からいくつかの問題点が指摘されています。第一の点は、調査測定対象区(冬期湛水・不耕起栽培)、比較対照区( 慣行栽培) の畦畔からの水漏れがはげしく、肝心の水収支・物質収支の正確な測定が出来なかったという問題です。これはもう議論の余地なしの問題で、次年度に向けて即刻改善策を打たなければなりません。ということで、現在(06(平成18)年1月)、すでに、畦畔強化の工事に着手しているところです。第二には、作業別労働時間のより正確な把握、生産資材の農法別投入量のより正確な把握、さらに農法別・圃場別収量等々の技術・経営にかかわる係数のより正確な把握という課題です。第三の問題、実はこれがもっとも重要な問題なのですが、しかしこの問題解決は同時にこの共同研究が今後さらに発展していく大きな契機をもたらすことになると考えています。つまり、冬期湛水・不耕起栽培という栽培技術の完全に同一条件のもとでの慣行作との比較分析によるのでなければ、一つ一つの技術が純粋に単独でもつ環境保全機能の科学的な定量評価を行うことは出来ないという問題指摘です。この問題指摘を真正面から受けとめて対応するとなると、実践圃場(柴田さんが取り組んでいる冬期湛水・不耕起栽培をはじめとする環境保全型水田農業)とは別に、この総合技術としてある冬期湛水・不耕起栽培をはじめとする環境保全型水田農業を構成する一つ一つの技術を完全に同一条件のもとでその環境保全機能の定量評価を実施する必要があり、結論的に言えば、そのためには試験圃場をもつ必要があるということになります。

実践圃場での冬期湛水・不耕起栽培の全体を、ここで仮に冬期湛水・不耕起、無農薬・無化学肥料の「環境保全型農法」と呼ぶとして、ただしこの農法が無施肥ということではないし、また除草のための資材を一切投与しない農法でもないという点に注目しておかなければなりません。まさにこの点があるために、試験圃場における冬期湛水・不耕起という栽培技術の完全に同一の条件のもとでの慣行作との比較分析を通じて、それぞれの技術が純粋に単独でもつ環境保全機能の定量評価を行う必要が生ずることになる。実践圃場での栽培技術をふまえて、純粋に形式的に、かつ一義的に、冬期湛水・不耕起栽培をはじめとする環境保全型水田農業を構成する技術に基づいて農法区分するならば、表4のように区分することが出来ます。以上で明らかなように、冬期湛水・不耕起の環境保全機能の純粋な定量評価のためには、試験圃場に、A、B、C、D a、Db、Dc、Dd、E a、E b、E c、E d、F a、F b、F c、F d の15 の試験区の設定が必要ということになります。もちろん、意味ある定量評価のためには、単純化して骨太の農法区分を導き出す必要があります。

表4.構成する技術に基づく農法区分


いずれにしても、こういうわけで、実践圃場とは別に試験圃場をもたなければならないということになったわけです。不思議なもので、そうするとどこからともなく試験研究のために圃場を提供してもいいという話も伝わってくるのです。しかもそれが、本学のキャンパスに隣接する開出今集落からお話があるということで、早速、05( 平成17) 年12 月5日に集落の代表者の方とお会いすることになりました。それが、開出今集落の稲本農政部長、堀居農政副部長、それに松林利和さんでした。9年後、話はスムーズに運びまして、12月末日に農地借り上げの覚書を取り交わすというところまで進んでいます。当面は2.42ha で、麦収穫後の06( 平成18) 年6 月からということですので、07( 平成19) 年の作付け開始をめざして、圃場の条件を整えて、06(平成18)年の秋からの湛水に備えなければなりません。開出今の皆さんとの連携を深めつつ、開出今での試験研究を進めていきたいと考えています。今後さらに、相当規模の圃場の提供が可能ということですので、この地に、冬期湛水・不耕起栽培をはじめとする環境保全型水田農業のわが国最大の試験圃場をつくることも可能なのではないかと考えています。


  1. 滋賀県が農業排水対策に着手したのは、富栄養化防止条例を制定した1979(昭和54)年の翌年、1980(昭和55)年である。施肥改善の対策の啓発資料の作成、施肥改善展示圃の設置、濁水発生防止対策試験や水管理システム開発調査の実施、反復利用施設の設置等々がそれです。
  2. 滋賀県環境こだわり農業推進条例の施行は2003(平成15)年、実施は2004(平成16)年。
  3. この調査研究の成果は、以下の二つの研究業績にまとめられています。
    (1)小池恒男「農業法人と地域農業組織者像」、農林漁業金融公庫『公庫月報』vol.618、02 年5 月.
    (2)小池恒男「環境保全型農業成立の経営経済条件」、環境経済・政策学会『環境保全と企業経営』東洋経済新報社、02 年10 月.

  4. この調査研究の成果は、以下の研究業績にまとめられています。
    (1)小池恒男「WTO対応・基本法先取り農政と稲作経営」、『農業と経済』第65 巻第12 号、1999年9月.
  5. この調査研究の研究成果の一部は、以下の研究業績にまとめられています。
    (1)小池恒男・国松孝男・井田秀美「大規模環境保全型稲作経営成立の経営経済条件についての実証的検討―水田における冬期湛水・不耕起栽培をはじめとする環境保全型農業成立の技術的条件の解明ならびに環境保全機能の定量評価、流域水環境管理システムの構築をめざして―」、環境経済・政策学会『2005 年大会報告要旨集』、05(平成17)年10 月。