琵琶湖総合保全に果たす流域協議会の役割

〜流域協議会の特徴と可能性について〜

井手慎司

環境計画学科

環境社会計画専攻

1.はじめに

滋賀県は2000 年に、21 世紀の琵琶湖の総合保全計画として「マザーレイク21 計画」を策定した(滋賀県、2000)。同計画の大きな特徴の一つは、琵琶湖を保全していくための政策の主眼を従来の集水域全体の流域管理から、湖に流入する主要河川の流域ごとの流域管理へとシフトさせた点にある。また同計画は各流域における地域住民や事業者による主体的な取り組みを重視しており、これらの取り組みと行政による環境施策とを計画推進のための両輪と位置づけている。

同計画を実現させるための施策の一つとして、県内の各主要河川の流域ごとに滋賀県によって設立されたのが図1 に示す13 の「流域協議会」である。また、2004 年2 月には、これら流域協議会の全県的ネットワーク組織である「琵琶湖流域ネットワーク委員会」が発足している。


図1.琵琶湖周辺の流域協議会

流域協議会は、各流域や地域における自治会や町内会などの伝統的なコミュニティ組織や、PTA や婦人会のような地域組織、環境保全団体、地域住民などで構成される住民団体である。同協議会は前述のように琵琶湖の総合保全のために組織化された住民団体であるが、各協議会の活動の主目的は、琵琶湖を保全することにあるのではない。あくまでもそれぞれの流域や地域の水環境を保全することにある。ただし、各流域におけるそれらの活動が結果的に、琵琶湖の保全の達成につながるとの考え方に立っている。

地域の水は地域で守る――筆者は、これからの時代の水環境を守っていく主役は地域社会(コミュニティ)であろうと考えている。また、そのようなコミュニティ主導型の湖沼流域管理を促進させていくための仕組みとして、流域協議会に大きな期待を寄せている。しかし、設立してまだ間もないことから、実績はあまりない。流域協議会の能力や可能性はいまだ未知数である。このような流域協議会は、後述するように、多くの点で近代的コミュニティ組織に似ている。ここで言う近代的コミュニティ組織とは、まちづくり協議会や青少年育成協議会といった新しい形のコミュニティ組織のことである。本稿では、流域協議会の近代的コミュニティ組織との類似点に着目しながら、その特徴と可能性について考えていく。

2.日本におけるコミュニティ組織の歴史と特徴

そもそもコミュニティとはなんであろうか。コミュニティという概念は欧米からわが国に入ってきた。 MacIver(1917)はコミュニティを「ある地域において営まれる共同生活」と定義している。さらに、共同生活を通して、社会的類似性や共通する社会的観念、共通の慣習、共属意識のような共通の社会的特徴が見られるようになるとも指摘している。

MacIver のコミュニティの概念はまたアソシエーションと対をなすものである。ここでアソシエーションとは特定の関心や利害を追求するためにつくられた組織のことである。

今日、日本各地において、まちづくり運動が盛んである。この運動は1970 年に自治省がはじめたコミュニティ活動に端を発する。同コミュニティ活動の結果として、多くの近代的コミュニティ組織が全国に誕生した。日本におけるコミュニティ活動は、1960 年代に米国に興った同活動から直接的な影響を受けていると言われる(倉田、2000)。

一方、日本には、自治会とか町内会などと呼ばれる伝統的なコミュニティ組織が古くから存在した(鯵坂、1999)。後述するように、近代的コミュニティ組織は一般にこれら伝統的コミュニティ組織を構成員の中にもつ。このように、現在、日本の社会には二つの異なるタイプのコミュニティ組織が存在する。一つは欧米的で近代的なコミュニティ組織であり、他方は日本的で伝統的なコミュニティ組織である。これら二つのコミュニティ組織が重層的に共存しており、両者の間にユニークで補完的な関係が築かれている。

伝統的コミュニティ組織

日本における伝統的コミュニティ組織の歴史は江戸時代の「五人組」に遡ると言われる。あるいは、その起源を千数百年前、中国から導入された制度に求める研究者もある(長谷部、2003)。いずれにせよ、伝統的コミュニティ組織は、為政者が農民を統治するための、あるいは農民同士が相互に扶助するための仕組みとして作り出されたと考えられている。

江戸時代の五人組は明治政府によって一旦廃止されたが、それに代わる伝統的コミュニティ組織が明治末期には復活している。その後1940 年には地方自治体の末端組織として組み込まれ、第二次世界大戦中は、その遂行に重要な役割を果たすことになる。そのこともあり、戦後には、占領軍によって廃止された。しかし、1952 年の平和条約の締結によって再び復活することになる。

今日では、日本全国のどこでも自治会や町内会を見かけることができる。

伝統的コミュニティ組織は以下のような特徴をもつ(倉田、2000):

1) 機能の包括性:組織構成員(地域住民)の全ての基礎的ニーズに応えようとする

2) 全員加入性:当該地域の住民は強制的に加入させられる

3) 世帯単位の加入:加入の単位は世帯である

4) 行政下請的性格:常に行政に協力的であり、時として行政サービスの代行機関を務める

5) ゲマインシャフト的(コミュニティ的)


伝統的コミュニティ組織は、標準的には数百戸の世帯から構成される。運営は組織の構成員によってなされ、運営費は構成員からの会費(自治会費)や部分的には行政からの補助金によって賄われる。

なぜ伝統的なコミュニティ組織は日本の長い歴史の中で生き延びることができたのだろうか。端的に言えば、地域社会にとって常に必要とされる機関であったということである(鯵坂、1999)。伝統的コミュニティ組織は地域の安全を保障し、環境を守り、美化活動を行ってきた。地域住民間の親睦を図り、心理的やすらぎを提供し、行政と住民との橋渡し役を果たしてきた。また地域自治の主体として、また万が一、地域に危機が訪れた場合には、抵抗主体として機能してきたのである。

コミュニティ活動(まちづくり運動)

日本におけるコミュニティ活動は1970 年にはじまる。当時、各地の伝統的地域社会(コミュニティ)は、高度成長期の急激な工業化による都市への人口集中や、あるいはライフスタイルや家族形態の変化などによって崩壊の危機に瀕していた。青少年の非行や地域社会の危機対応能力の低下などの社会問題が噴出していた。人々はまた、当時の深刻な交通問題や公害問題に対応するために、あるいはより高い生活の質を求めるために、それらのニーズを満たしてくれるような機関の存在を必要としていたのである。そのような社会的背景の下、伝統的コミュニティの欠落を補うために提案されたのがコミュニティ活動であった (高橋、1997)。

コミュニティ活動の大きな目的は崩壊した伝統的地域社会に代わって、人々を新しいコミュニティ組織へと組織化することであった。またそのような新しい組織を意識の高い自主的な「市民」の手によって公開性の高い民主的な方法で運営し、それによって、新たな地域社会を構築することを目指していた。その結果として、行政の指導や支援の下、日本各地に、数多くの近代的コミュニティ組織が誕生していった。

コミュニティ活動の大きな特徴の一つはその組織化の包括性にある(倉田、2000)。地域住民を組織化するにあたって、近代的コミュニティ組織は一般に小学校の学区を単位とする。また、伝統的コミュニティ組織やPTA などの地域の代表的な団体の役員を構成員とする協議会の形態をとる。

同コミュニティ組織の活動は、地域の人々の文化的ニーズや福祉へのニーズといった多様なニーズに応えることを目的としている。これが、地域の人々のもっとも基礎的なニーズに応えようとする伝統的なコミュニティ組織とは異なる点である。また一般に、近代的コミュニティ組織の活動目的は、組織そのものがある特定の目的をもって設立されることから、明確で、多くの場合明文化されている。この点に関して言えば、近代的コミュニティ組織は、コミュニティ組織というよりもアソシエーション組織に近い性格をもっている。

しかしながら、近代的コミュニティ組織は地域組織の役員を構成員とする協議会の形態をとることから、伝統的コミュニティ組織に比べると指導力を発揮しにくく、地域社会の危機に対応する役割を担うことは難しいとも言われている。

近代的コミュニティ組織は、伝統的なコミュニティ組織の関与の度合いによって、以下の3 タイプに分類することができる(高橋、1997):

(J)自治会タイプ:主に自治会によって構成されている組織

(C)協議会タイプ:自治会だけでなく様々な地域組織で構成される組織

(N)ネットワークタイプ:自治会は参加せず、自発的参加の個人や団体で構成される組織


3.琵琶湖における流域協議会

前述したように、現在までに13 の流域協議会が琵琶湖に流入する主要河川の流域ごとに設立されている(図1 と表1 を参照)。その活動の主目的は、各流域の水環境を守ることであり、それぞれの流域の取り組みの総体として琵琶湖の総合保全を達成しようとしている。流域協議会とその構成員による活動の一部を表2 に示す。表からわかるように、流域協議会やその構成員・団体によって行われている活動はきわめて多様である。この多様性はひとえにその構成員や構成団体の多様さに拠る。流域協議会の設立にあたっては、当該地域における、伝統的コミュニティ組織や環境保全団体など、すべての主要な地域組織に参加を呼びかけている。流域協議会はまた、地域住民(個人)にも開かれており、透明性の高い、民主的な方法で運営されている。

表1.琵琶湖周辺の13の流域協議会


表2.流域協議会およびその構成員・団体の活動内容


同時に、流域協議会とその構成員・団体による活動は水環境の保全だけに限定されるものではない。表2に示すように、リサイクル運動や地産地消など、一見すると水環境の保全には直接関係しないような活動も含まれている。さらに、構成団体の中には伝統芸能の保存を活動目的とするような団体すら含まれている。流域協議会の活動は、地域や流域の水環境や流域環境の保全を目指しているばかりではなく、より質の高い生活や環境を求める地域住民のニーズに応えようとしているように見える。言い換えれば、各流域や地域における持続可能な地域社会の実現を目指していると言えるのではないだろうか。

流域協議会は組織の形態も様々である。流域協議会の湖北と湖西地域の7 つの団体はいずれも、自治会と幅広い地域組織で構成される協議会タイプの協議会である。

ネットワークタイプの4 協議会がある湖南と甲賀、東近江、湖東地域は滋賀県の中でも人口が密集した地域である。県外から移り住んできた住民も多い。それに対して、自治会タイプや協議会タイプの流域協議会をもつ湖北と湖西、志賀地域は、県内でも比較的人口が少なく、古くからの住民が多い地域である。このように地域特性の違いが協議会のタイプに反映されている点が興味深い。

流域協議会の組織化の方法論については、各地の実情にあわせるために、各地域の県振興局あるいは事務所に一任されていた。流域協議会によるタイプの違いは各地域の特性に合わせて組織化された結果であると言えるだろう。

ただし、ここで注意しなければならないことは、ネットワークタイプの流域協議会であっても、伝統的コミュニティ組織を抱える他のタイプの流域協議会を構成団体としている場合もあるということである。たとえば、NPO 法人びわこ豊穣の郷(旧「豊穣の郷 赤野井湾流域協議会」)は、湖南流域環境保全協議会の構成団体であると同時に、団体自身が赤野井湾流域を拠点とする流域協議会(マザーレイク21 計画策定前の1996 年に県内初めての流域協議会として設立)でもある。びわこ豊穣の郷は、典型的な協議会タイプの協議会として、同団体の活動拠点である守山市のほとんどの自治会と、農協、婦人組織や個人などを構成員としている。

びわこ豊穣の郷は協議会タイプの流域協議会でありながら、理事会メンバーの強力なリーダーシップによって、地域の河川の清掃や水質調査、ホタルの幼虫の育成、GIS を用いた水環境マップやホタルマップの作成、インターネットによる情報発信など、目覚しい活動を展開してきた。

活動のその他の特徴としては、海外の湖沼や活動家との交流が盛んなことである。同NPO は、第9 回世界湖沼会議(2001 年)と第3 回世界水フォーラム(2003年)のときに、国際セッションを守山でそれぞれ開催している。海外からの評価も高い。海外の活動家が琵琶湖を訪れるとき、かならず立ち寄るのがこのびわこ豊穣の郷である。

ただし、同NPO が実施しているのは、上記のようなIT 技術の利用や国際交流のような先進的な事業ばかりではない。他方では、組織内の伝統的コミュニティ団体の地域密着型の活動の支援にも力を入れている。組織内の伝統的コミュニティ組織には、従来から地域の水環境の保全活動に熱心であったところが多い。地域の環境を地域の住民が長年にわたって守ってきた歴史がある。伝統的コミュニティ組織による活動は一般に保守的であるが、同時に、継続的かつ持続的であるという特徴をもつ。これら伝統的コミュニティ組織による地域密着型の活動が、びわこ豊穣の郷の活動の持続性を下支えしているのであろうと著者は考えている。

4.流域コミュニティ組織

以上述べてきたように、流域協議会は様々な面において近代的コミュニティ組織とよく似ている。流域協議会の特に組織化の方法については、まちづくり協議会などの近代的コミュニティ組織の手法をモデルにしたものと考えられる。流域協議会の範域は、小学校区よりも大きな流域であるが、それでも、その活動は流域という特定の地域に暮らす人々による、特定の地域のための活動であることに変わりはない。流域協議会とは、流域というコミュニティに属する個人や団体を構成員とする近代的(流域)コミュニティ組織であり、同協議会の活動は、コミュニティに属する個人や団体によるコミュニティ(流域)活動であると捉えることができるのではないだろうか。

近代的コミュニティ組織に類似していることによって、流域協議会の活動はコミュニティ活動(まちづくり活動)と、表2 でも示したように、強い親和性をもつ。今日の環境問題はきわめて多様であり、問題に対する人々のニーズも多様である。環境問題に対する人々のニーズを生活の質を求める一般のニーズと差別化することはむずかしい。流域協議会の活動は、流域の水環境を保全するばかりではなく、持続可能な地域社会の構築にむけた地域社会主導型の運動と捉えるべきであろう。

しかしながら、当然のこととして、流域協議会が万能であるわけではない。流域協議会の中にも活動に温度差がある。かならずしも全ての流域協議会がびわこ豊穣の郷のように活発に活動できているわけではない。流域協議会はなお多くの問題と課題を抱えている。流域協議会だけでできることには、その人的、財政的資源の制約から限界がある。より重要な点は、流域協議会はその流域における問題に関してのみ有効である、ということである。各河川の流域を越えた、琵琶湖集水域全体や、あるいは琵琶湖淀川水系全体のような問題に対応していくことには限界がある。むしろそのような広域の問題に関しては、琵琶湖流域ネットワーク委員会のようなネットワーク組織の役割が重要になってくるものと考えられる。

5.おわりに

日本におけるコミュニティ活動は米国から導入された。しかし、この活動によって設立された近代的コミュニティ組織は、地域の伝統的なコミュニティ組織をその構成員として取り込み、日本の文化や社会システムに適合しながら柔軟に進化してきた。今日では、日本社会において欠くことのできない存在となっている。流域協議会もまた、環境保全の分野において重要な役割を担うようになる可能性は高い。

流域協議会のユニークさは、伝統的コミュニティ組織や地域組織、環境保全団体などの地域の幅広い、主要な組織から構成されている点にある。そのことが流域協議会の大きな特長となっている。また、近代的コミュニティ組織と同様に、コミュニティ組織とアソシエーション組織の両方の特徴を兼ね備えていることも流域協議会の大きな特長のひとつになっている。流域協議会はこれらの特長によって、地域コミュニティの活動と環境保全団体(アソシエーション組織)の活動をつなぎ、また地域の人々と環境活動家の間をむすび、活動や人々を持続可能な地域社会の構築にむけた努力に結集していける可能性を秘めている。

コミュニティ主導型の活動は特に水環境の保全にとって重要である(Avramoski、2004)。地域の水は地域によって守られるべきである。水環境を守っていくためには、流域協議会のようなコミュニティ組織の果たす役割が、今後ますます重要になっていくに違いない。

参考文献

  1. 鯵坂学・高原一隆(編)(1999)地方都市の比較研究、法律文化社、京都。
  2. NPO 法人びわこ豊穣の郷(2003) [online] < http://www.lake-biwa.net/akanoi/>
  3. Avramoski, O. (2004) The Role of Public Participation and Citizen Involvement in Lake Basin Management: Lake Basin Management Initiative Thematic Paper. [online] < http://www.worldlakes.org/uploads/Public_Participation_1July04.pdf> .
  4. 長谷部弘(2003)近世村落社会の共同性 ─ 上田藩上塩尻村五人組組織の事例研究、日本村落研究学会「村落社会研究」、18、pp.8-21。
  5. 倉田和四正(2000)コミュニティ活動と自治会の役割、関西学院大学社会学部紀要、86、pp.63-76。
  6. MacIver, R.M. (1917) Community. A Sociological Study, p.12.
  7. 滋賀県(2000)マザーレイク21 計画 [online] < http://www.pref.shiga.jp/biwako/koai/mother21-e/> .
  8. 高橋勇悦(1997)町内会・自治会とコミュニティ 都市問題研究、49 (11)、p.22-26。