「環境フィールドワーク」の教育効果

吉田十一

生物資源管理学科


 滋賀県立大学環境科学部学生の必修科目「環境フィールドワーク(環境FW)」の授業は、1995年度から始まりました。私は95年度に1回生対象のFWI、96年度に2回生対象のFWIIを担当し、今は97年度に担当する2回生対象のFWIIと3回生対象のFWIIIとの準備をしています。2か年間の授業内容をご紹介して、各方面からご教示をいただき、今後の授業展開の方向をただしたいと思います。

1.FWI(1995年度)

 1995年度FWIで受け入れたのは、最初に6時間の全体講義を聴講し、「土曜日1日のバス見学+半日の演習を2週間」で行うテーマ別授業を3テーマ分受講してきた50名の学生です。学生は生態、社会、デザイン、あるいは生物の各学科に所属していました。こうしたテーマによる見学・演習を、私は3人の生物資源管理学科の教員(金木・小谷・増田助教授)とチームを作り、2回、合計6週間担当しました。学生は前期14週分受講したことになります。

 私たちが設定したテーマは「物質循環と環境制御:農業生産・食料品流通・水資源利用」でした。最初のバス見学は、農業生産物の生産と流通の循環過程を理解してもらうため、大中の湖農協(水田、ライスセンター、肉牛の肥育、野菜畑)、大津市公設地方卸売市場(卸売場、仲卸店、バナナ追熟倉庫、野菜加工施設、ゴミ処理場)、草津の水環境科学館。農協と市場では、土曜休日を返上した、職員の方から詳しく説明してもらいました。

 2週目は、大学に近い彦根市内の中部地区揚水場と野田沼を見学。職員の方の説明を受けるとともに、それぞれの水質検査をして、水循環における水質の変化過程を測定しました。

 3週目は、以下の講義によって、環境制御の問題について、学生の関心を深めさせました。野田沼における排水の循環潅漑(金木)。大中の湖における農業生産と環境保全(増田)。食料品流通と環境ストレス(吉田)。水循環の中で流域下水道の汚水処理を考える(小谷)。

 私は、「食料品は、食料生産のみならず、食料品流通という形で物質循環の一環を形成し、生産投入・収奪的使用・加工廃棄・流通廃棄等によって、環境に多くのストレスを負荷していること」。「食料品流通の大きさは、その地域の人びとの食料品需要量(=人口×1人当たり需要量)によって影響され、特定地域の食料品需要量・食料品流通量が多くなるほど、その地域環境が受けるストレスは多くなること」などを説明し、学生たちに「滋賀県における食料品の循環が、どれだけ滋賀県の地域・環境にストレスを負荷してきているか」を食料品の流通量から検証してもらいました。土曜日の見学、学生のクラス編成、教員の授業負担など改善しなければならない問題点もありますが、次のような教育効果が認められます:(1)実際に水の循環過程ごとに水質調査を行って、水の循環利用の実態や環境問題に対する認識が深まり、個々人が環境問題を自分の問題としなければならないという認識を持つに至った。(2)農業生産現場では、肥育牛がF1雑種で、これが北海道や淡路島で育成されて滋賀県で「近江牛」になること。牛肉輸入自由化によって5年後には滋賀県から牛がいなくなるかもしれない危機的状況にあることなどを畜産農家から聞いた。(3)市場では、大量の食料品を迅速に分荷していく効率的な流通システムを見聞し、さらに、統計により、滋賀県が人口増加と各人の食料消費量の増加とによって、40年間において食料消費量が2.5倍に増加し、環境に多大な影響を与えていることを学習した。(4)身近な生活雑排水から流域下水問題と処理状況について学び、自分自身が環境汚染源になっているという認識に到達した。さらに、水循環問題をグローバルな視点にまで拡大して、環境問題への視野を広げた。学生の中には、熱心に学習し、高いレベルまで到達した者がおりました。今後の教育効果が期待されています。

2.FWII(1996年度)

 FWIIの受入学生は、95年度のFWIで教えたクラスの持ち上がり学生ではありません。全く新しく、生態、社会、デザイン、生物の各学科の学生を混成したクラスでした。バス見学はありませんが、FWI同様、最初に6時間の全体講義。その後、「半日の演習3週分」を区切りとするテーマの授業を3テーマ分受講してきた50名でした。これを、生物資源管理学科経済系の富岡助教授をチーフに、増田助教授とわたくし吉田とが、2クラス、計6週間担当しました。私たちの指導テーマは、「食料消費・流通・生産と環境問題」。ねらいは「日本における食料生産・流通・消費などの変化がどんな環境問題を引き起こしたか」を統計分析によって明らかにしようとしたものです。このため、以下のようなサブテーマを設定し、それぞれのテーマに学生を分けて指導しました:畜産物消費の増大と購入飼料依存型畜産の発展(増田)、野菜生産の遠隔地化と生産・消費の周年化(吉田)、米過剰と水田の遊休化・壊廃(富岡)。

 第1回目は、どんな統計書があるか。どんなにしてつくられた統計か。その内容と限界。利用方法と注意。これらをサブテーマごとに説明し、具体的な事例によって統計分析をしてみせました。第2回目は、学生を4〜5名の研究グループに分け、学生に関心のあるサブテーマを選択させ、統計分析させました。学生たちは、グループごとに分析課題を設定し、サブテーマ担当教員にアドバイスを求めながら、分析に必要な統計を渉猟してデータを収集し、コンピュータを使用してデータの入力・解析。さらに、データ分析結果についてディスカッションさせ、その結果を報告資料にまとめさせました。これを第3回目の週にそれぞれ発表して、クラス全体の討論をしました。最後に学生ひとり一人にレポート提出を求めました。

 私の担当したサブテーマを選択した学生たちが設定したテーマには次のようなものがありました:「日本のレタスの輸入」、「いちご産地の変化」「すいかの産地移動と消費変動」、「トマトの地域別生産高の季節変動」。ここ数年間に急速に増加した野菜の輸入が、生産者の高齢化による国内生産の減少と為替市場における円高とによって起きていること。米生産調整政策の転作奨励によるすいか産地の消長。地価変動によるいちご産地の移動とハウス栽培の増大。学生たちなりに的確に問題把握に達したと判断されました。

 野外に出ないFW授業でしたが、学生たちは1回生で習ったばかりの表計算ソフト「EXCEL」の実習、統計渉猟、データの図表加工、講義室における全体発表など、実際に自分でやってみるという経験をし、「体験した」という実感を持ったようでした。なかには、市場統計に「数値調整のためのマイナス符号の付く数値」のあることを発見したグループ。また、輸入量が増加しているにもかかわらず、生食トマトの消費量が増加して国内生産量が維持されていることを見つけた学生もいました。

3.環境FW教育と学生

 毎年環境FWの授業を終えると、私はダウンします。授業にはまだ改善の余地があります。新しい形態の授業に、受講する学生側の戸惑いもあります。しかし、教員の多様な考え方、広い科学の視野、環境変化の現場から学生たちが学んでいることの意義は大きいと思います。