本学部における私の研究の方向

上町達也

生物資源管理学科


 農業生産の場では、施肥や病虫害防除などによる環境への負荷が伴う。また農作業の機械化や施設栽培、収穫物の貯蔵などにおいて多くのエネルギーや農業設備、資材が投入される。特に、野菜や花卉などの園芸生産では、外観などの品質が収穫物の商品価値に大きな影響を与えるため、農薬の散布量が多く、また周年栽培を行うことによりエネルギーや資材の投入量が多い。

 農業生産に伴う環境への負荷やエネルギー及び農業資材などの投入量を軽減することが我々の研究の課題である。しかしこのような負の要因の軽減を目的とした取り組みは、その成果に実用性が有り、総合的に負の軽減につながっていることが重要となるが、その評価は非常に難しい。例えば、虫害防除のための農薬散布量を軽減するために、防虫網などの農業資材を用いた場合、労力やコストなどの生産性との兼ね合いとの評価が重要となる。また農薬散布量を軽減するために資材やエネルギーを投入することが必要となった場合、結果的に環境への負荷が軽減し、メリットのある成果であったかどうかの評価は困難であり、また時代とともに評価の基準は変わっていくものと考えられる。

 環境への負荷や、農業生産のための資材やエネルギーの投入量を軽減し、普遍的な成果をあげるための最も確実な方法の一つとして、植物に新たな形質を付与したり、様々な特性のポテンシャルを引き上げるなどの植物の側からのアプローチがあげられる。対象となる特性として吸肥性、耐病性、耐干性などがあげられるが、スタンスがしっかりし現実的であれば食味の向上など品質の向上に関するものなどでもよい。例えば、農薬散布量を軽減するためにウドンコ病耐性のイチゴの作出に関する研究を行うとする。その際、"とよのか"などの商品価値のある品種に、ウドンコ病耐性を付与する方法と、ウドンコ病耐性をもつ品種・系統の食味を向上させ商品価値を高める方法が考えられる。一方は、耐病性の研究であり、もう一方は例えば糖含量の向上に関する研究となるが、いずれも最終的には農薬散布量の軽減に繋がるものである。特定の系統に関して現実的であるかあるいは一般性のある研究であるならば、後者の品質向上を目指した研究を環境科学部という立場で行うことも可能である。

 私がこれまで園芸学の立場で関わってきた研究は、主にメロンの着果率の向上、トウガラシのウイルス抵抗性及びアジサイにおける蕚片の弁化である。

 メロンの着果に関する研究は、天候などによって左右されるメロンの着果率を植物生長調節物質を処理することにより安定したものにするという趣旨のもとに行ったものであり、またそれとともに単為結果という現象の解明をも目的としている。しかしその実用面での研究成果を低投入による環境保全型生産という側面で考えた場合、(加温や照明などエネルギーや設備を投入して着果率を高めることに比べれば低投入の栽培生産技術ではあるが)評価は難しい。

 トウガラシのウイルス抵抗性に関する研究では、病害抵抗性系統の新たな作出法につながる現象が見いだされたため、その現象について検討を行った。キュウリモザイクウイルス(CMV)に罹病したトウガラシを枯らさずに数年間栽培し続けると、罹病株から病徴を示さない枝が伸長してくることがある。この無病徴の側枝の生体内においてCMVは検出されなかった。またその挿し木株にCMV接種試験を行い、無病徴側枝の挿し木株が抵抗性をもつことを明らかにした。この現象は、栄養繁殖性植物が病害を克服してきた方法の一つであることを示唆しているとともに、新たな病害抵抗性系統の作出法にもつながる可能性があるものと考えられる。このような研究は、低投入による環境保全型の生産につながるものであり、植物の側の改良による技術であるため、時代の変化に関わらず普遍的な成果となる。

 アジサイの蕚片の弁化に関する研究は、現在行っているものである。多くの観賞用植物では花弁が観賞の対象となるが、花弁以外の花器であるがく片、雄ずい、苞などが花弁のように肥大、着色することによりその観賞価値が高まっている場合も多い。しかし花弁以外の花器が花弁状になる、いわゆる弁化の機構はほとんど明らかにされていない。一方、アジサイは一つの花房の中にがく片の弁化した小花と弁化していない小花を持つことから、がく片の弁化を研究する上で適当な材料と考えられる。本研究ではアジサイを用いて、がく片や雄ずいなどの弁化の機構とその制御法の解明を目的として行っている。

 観賞用植物は生産者の手を離れた後も、沿道、公園、ビルなどの室内などで管理が継続され、その際加温、冷房、照明などの装置やエネルギーが必要であることが多い。低投入管理の1つの解決策として、先ほどのイチゴの例のように、観賞価値の高い植物に耐寒性や耐陰性をもたせる方法と、耐寒性や耐陰性のある植物の観賞価値を高める方法がある。本研究を後者の立場に立った研究として位置づけるためには、研究成果が一般性をもつようにしていくことが重要であると考えている。

 今後、環境への負荷を軽減した、低投入による農業生産を目指した研究に取り組むにあたり、生産性との対立が比較的少なく、また普遍的な成果をあげやすいことから、栽培植物側からアプローチを行った研究を主体に行っていきたいと考えている。しかしもちろんこのような一つの方向のみからの取り組みで全ての問題が解決できると考えているわけではない。例えば養液栽培において、栽培を終えた廃液を捨てずに、再利用を行うための研究が行われているが、このようなこれまでに構築された生産技術を改善し、生産性を損ねることなく環境への負荷を軽減するための取り組みも行っていきたいと考えている。