大学開放と環境教育の真贋

末石冨太郎

環境計画学科

環境社会計画専攻


 大学設置基準の大綱化以来、大学の自己評価が制度化された。従来から大部分の大学ではこの制度がなくても、教員の研究業績を定期的に編集してきた。しかし現在、自己評価に要請されるのは、研究論文の量質以外に、学生による評価も含めた教育業績、学務への貢献、学生の面倒見、社会的活動(学会活動を意味しない)の5側面である。社会的活動を最も端的に表したのが「大学開放」で、その淵源は約100年前のOx-bridgeにある。最近はどの大学も種々の形式の大学開放を競ってはいるが、筆者からみた開放講義の内容は、普通の学生用の講義の残りカスだと思う。同じ意味で、環境科学部の教育が環境教育だと短絡すれば浅薄である。大学内部での講義は、計画学科長として先に述べたように、特定の目的(環境計画学科では「メディエータ」など)に集中させればよいが、入試の結果ある程度型にはめられた学生を対象にするのでない社会人に環境教育を行うには、残りカスが必ずしも有効ではあるとはいえない。

 1980年頃に文部省は、東北・金沢・広島の3大学に「大学開放教育センター」の設置を認め、開放教育を研究課題として課した。初期の研究成果を筆者は聴取したところ、どの大学でも最も人気の高かったのは、文系では「奥の細道」、理系では「癌研究の現状」だった。公開講義ではこれらの専門家が動員されていて、これを残りカスと酷評したのは、聴講者が急に立派な俳人になれるのもでなく、また難解な発癌の先端研究をフォローできるわけもない、要するにストレス社会での一時的「情操安定」を得るにすぎないからである。これは筆者が代表をしていた「環境学の体系化と地域との結合に基づく新しい大学機能編成」研究会(阪大全学部の代表を網羅)での結論だった。

 筆者が京大に在職中の1968年に、文部省の社会教育局が市民講座を助成していることを知った。翌年これに衛生工学科として応募した。学外講師の応援も得て、69〜70年度に「われわれの生活と公害」を岡崎の京都会館会議場で開催し、ほぼ満席になった聴衆との厳しい応酬も経験した。しかし学内からは「ええカッコしやがって」という石が飛んできた。町人大学を自負する阪大が全学的な公開講座を始めたのが同じ69年である。筆者が起用された(第9回/大阪・歴史と環境「大阪の水資源」)時も松下講堂を埋めつくした700人の熱気と、それを物ともせず挙手をする市民の鋭い質問に感動さえ覚えた。

 それから約30年、今日本では公立大学ブームが起こり(例えば96年12月24日朝日新聞夕刊)、平凡な開放講座だけでは特徴を演出できない。このブームの先頭を切ったのは87年の静岡県立大学である。しかし筆者は、当時の同県知事が設立趣旨を新聞の文化欄に書いた内容を読み非常に不愉快だった。大学誘致を工場誘致と同列に見ているのが文脈の背景から読みとれたのだ。学生が原材料、卒業生が地域経済を活性化する製品、われわれ教員は誤作動を一切せず異能や異端も排除される論文生産機械、当初学長に予定された哲学者のT氏が就任を拒否したのは、案外こういうことが理由だったのではないか。

 筆者の初公開講座での演題は「環境の計画」で、その中に「環境教育の計画」という1節を設けている。生硬で未成熟な話をしたのではと、『われわれの生活と公害・(ナカニシヤ、1972)を読み返してみたところ、まだ十分使えるな、と自賛できた。これは筆者があまり進歩していない証拠かもしれないが、当時の聴講者の中からどんな人財が育ったのかを調べてみたいものだ。このような前提で、本学着任以後現在まで、筆者が正規の講義以外に行った講演の自己評価を試みたのが、次ページの表である。


講義の巧拙を表すのに、

1こえ、2ふし、3おこと

というのがある。筆者にとって

3番めはどうにもならぬので、講義中

には挙止動作や身嗜みにも注意が必要である。


年月日 演   題 主催・場所 対象 経緯*) 反応 自己評価
95.04.04 Unthinking Environmental Science 環境科学部セミナー 学部教員

30人

学部長指名 展示モデルの複写 討議時間が不足
04.21 Tourism Studies の規範化に関する研究(中間報告) 旅の文化研

ホテル・エド・モント

研究所員他50人 助成金の義務 旅行業者の反応大 自己満足
05.19

05.20

脱・環境科学

千里リサイクルプラザの計画と実践

東海大学

望星塾

塾員(市民)10人 A 特記なし 塾の定例の行事の消化
06.02 都市施設のあり方−都市の構成原理を変える時 大阪ガス

企画部

同部員他25人 B 震災復旧の困難性 別の原理の提供が必要
08.24 環境学部のあるべき姿 土木学会環境システム

立命・草津

研究者70人 委員会指名 事後質問者多し 自己都合で討議割愛
09.09 環境にやさしい功罪 イズミヤ千里丘・環境展
関係者と市民50人 C 客寄せパンダ 店の定例行事の消化
09.16 地球環境と市民−ボランティアネットワーク再考 千里リサイクルプラザ講座 市民研究員他70人 所長の義務 特記なし 繰り返し教育が必要
10.06 ごみの言語学 精華大院

人文・特講

院生・教員25人 自主的に提供 感想文多数 自己訓練の機会
96.01.20 リスクをめぐる議論の方向づけについて 水資源・環境学会研発 会員・一般40人 発表要請受諾 懇親会で質問多数 学会新方向模索未だし
03.01 旅行は環境を救えるか JATAエコツーリズム・セミナー 会員200人 D 熱気 ベンチャー事業必要性認識
03.05 環境保全の機能論と意味論

「環境と新材料創成」基調講演

阪大溶接研 研究グループ30人 主催者要請 殆どが聞き流し 主催者空転非常に落胆
05.24 地球市民として環境の視点から
姫路発世界市民会館 市民10人 A 全員遅刻 リーダーだけが空転
06.07 環境保全の機能論と意味論 阪大環保科センター講演会 関係者80人 所長要請 感度良好 環境工学と他の落差大
06.21 環境問題と人権 大阪市教育センター研修 研究員60人 E 居眠り多し 定例行事の消化
06.29 観光学入門−旅から観光へ
;新しい学問の始まり
滋賀県立大公開講座 一般応募者150人 委員会指名 特記なし要調査 講演技法に工夫が必要
07.24 おカネとモノ時間と情報の使い方(友の会(『婦人の友』)基調) 全国夏期研発吹田パナヒルズ 会員310人 F 熱気 自己満足
07.27 地球環境問題に取り組む

−認識から実践へ

神戸環境大学/しあわせの村 市民60人 隔年に出講 特記なし 高齢者事業の消化
09.15 地域におけるリスク管理(建築学会パネル/人類生活圏の視座) 学会委員会滋賀県立大
会員他100人 委員会要請 やや噛み合わず パネラー過多

事前不整合

09.17 首都圏移転問題(パネル) 滋賀総研

米原町市民文化会館

一般
100人
不明 聴衆を巻き込む 目的不明確
10.19 地球のガン−地域の医師になるには(守口市民環境フォーラム基調) 守口JC・生涯学習センター 市民100人 A 動員された聴衆? 客寄せパンダに役不足
11.07 まち美化のあり方を探る

(神戸まち美化シンポ基調講演)

地域交流センター

タワーサイドホテル

全国行政マン100人 主催者の顧問 やや熱気 吹田市民研究には注目
11.29 水環境研究のスポンサーは誰か

(日本水環境学会関西研発基調)

同関西支部千里プラザ 会員60人 支部長が知己 やや熱気 馬耳東風もありそう

*)出講を要請された主な理由/A:筆者の講演を主催者が聞いた、B;主催者が元ゼミ生、C:店長が千里プラザ理事、D:主催者が入念に取材後決定、E:友人が仲介、F:『婦人の友』に取材機時掲載が契機。