アメニティとコミュニティ

柴田いづみ

環境計画学科

環境・建築デザイン専攻



1.プロローグ

 この冬のヨーロッパは何十年ぶりの寒波に襲われ、ドイツの誇るアウトバーンも雪がみるみる降り積もり、車もいつもよりずっとゆっくり走っています。ドイツは早くから、都市の中心に歩行者を取り戻す試みをしています。歩行者専用道路や中心部の路面電車や地下鉄を整備し、同時に駐車場にも力を入れ、バス感覚で乗降が出来るようにしています。バス感覚といっても運行不順では問題ですが、交通渋滞が原因な訳ですから、パーク&ライドを可能とする駐車場と公共交通機関の整備は現代では切り放せないものなっています。ゴミに関しても、早くから取り組みがなされ、店頭の飲料物もペットボトルではなく、ガラスの容器を詰め替えて使っています。公共の会合では、紙コップや紙皿を使わない条例を決めているフライブルグの様な都市もあります。

 ロンドンはというと、1855年に首都管理法制定時にゴミ処理のための清掃人の雇い入れが、上下水道の維持管理や、食品の衛生管理、過密住宅や地下室住居の防止と共に管轄の任務とされました。しかし、現在のロンドンは分別収集をしている地区はほんのわずかです。かろうじてビンを入れる緑色のリンゴの様な形をした収集容器が路上に置いてあったりします。1888年の地方行政法によるロンドンの誕生は、1963年に広域の行政単位(GLC)となり、1986年には解体させられて、以後は中央政府と特別区の二重構造になっています。いわば、東京都や大阪府は無くて、その中の区だけが存在するようなものです。さて、ロンドンのゴミは何処の管轄か調べる必要がありそうです。

2.個からまちへ

 建築と外部空間のアメニティへの関わり方を私自身の作品から紹介していきたいと思います。

 仏大使館職員用集合住宅(新建築8811参照)

 1988年の指名コンペの実施案で、隣の大使官邸とのプライバシーとセキュリティーの為に、木立を増強する事、旧徳川邸として都内でも珍しい鬱蒼とした木立を保護する事を提案しています。前面道路は4mにも満たない状態であった為、3mセットバックして歩道状空地をつくり、塀の内側にあった桜並木を街の並木として提供してももらいました。仏政府の土地の外部化は反対の意見もありましたが、建物と街とのバッファーゾーンとして、街の景観・アメニティの為として承認を得る事が出来ました。敷地内の木々に関しては、大使館側から一本も切らずに移植してほしいという要望があり、20m近い木々を含め60本の樹木全てを大使官邸との間に森を創る為に移植しています。安価にかつ全て枯らすことなく実行され、その後のプロジェクトの緑化の自信となっています。

 パストラルコート(新建築住宅特集9309参照)

 17年間、三段階に渡る集合住宅です。当初、平屋木造の主屋が敷地中央に建っており、その防火壁として創られた東側の南北に長いアトリエは、外に面しては閉じられ、桜の大木を活かした中庭に面して開かれています。外壁が街に対して強すぎないように壁面の分割や沿道緑化を考えています。第2期の主屋は、敷地の中央にヴィラの形式にしています。第3期のパストラルコートでは、街並みに対する考え方を進め、街を歩く人々にとっても安全で、心地良いように並木のある歩道状空地を設ています。フェンスを通して庭の緑も楽しめ、集合住宅の出口として、道に対する緩衝帯として機能しています。貸マンションとして、容積はなるべく大きく取る事になるので、各住戸へは外階段を中庭の様に創り、集合玄関のガラスの扉越しにうかがえ、広がりをもたらしています。

 福岡県、JR九州行橋駅(新建築9607参照)

 2kmに渡る連続立体事業の高架駅です。従来型の高架橋は景観的に望ましい物では無く、調整桁は無骨な固まりとして街に向かって突き出し、雨樋は無遠慮に躯体にまとわりついており、防音壁もブロックや万年塀が積まれたりしていました。高架橋は道路レベルの交通にとっては便利でも、視覚的には町を分節してしまいます。そこで、コンセプトを<優しいモンスター>とし、種々の要素を統一して、街を歩く人にとっての背景となるように<引き算のデザイン>にしています。東西の駅前広場は歩行者優先とし、コンセプトは<駅を出ると森だった>。季節を感じられるように、春夏秋冬、次々と花が咲くように設定しています。紫色の花の樹木は少ない為、北国の花のライラックの苗木送って、適正を検討中です。完成後は、区画整備による街の中心施設となります。

 福島県 JR東日本矢吹駅及び矢吹町コミュニティ施設(新建築9607参照)

 東西をつなぐ自由通路の上に、町の行政窓口と共に設置された橋上駅で、架線の上、地上から6〜7m登らなければなりません。気持ちよくかつ楽しく昇降してもらう為に踊り場を大きくとり、その踊り場が町に面してのステージで、コミュニケーションの場となる様にしています。ステージは西口では既存の町がすぐ始まる為、自由通路の2本の楕円チューブの下に設けられ、東口では、羽鳥湖からの農業用水を利用したイベント広場と一体となる様にしています。観客席としての雛壇は、水が流れるとせせらぎのカスケードとなります。自由通路の57mの長さいっぱいにベンチをしつらえ、音楽を流し、おじいさんと子供が列車を眺めていたり、ベンチのある空間は町の街路の延長上のゆとりの空間として使われています。

3.エピローグ

 "まちづくり"は個々の集積で全体が成り立つものであり、ハードもソフトも全体が一気に改善されるものではなく、一つ一つの問題をおろそかにせず大事に創りあげていく精神が必要です。アメニティの形成は、合意形成を必要とする為に、コミュニティを必要とします。アメニティとコミュニティのある街には、より大きな世界をイメージ出来る能力を持つ感性の豊かな子どもが育ち、自分の街を創ることが、国や地球の環境にも大きく係わりあっていくことを認識できるわけです。これらの総体が、"まちづくり"となります。

――アメニティ計画への提言――

 ランドマーク・アイストップとなるポイントを大事に計画。信号を含めた誘導サイン、次に表示サインとサインの目的が明解にわかる表示。都市の広告、特に屋上の巨大広告物は、町の品格を問われるものであるだけに、念入りにスタイルやコードが検討される事が必要。ミニ開発に対する規制が必要。水辺、山、野原等、自然に面した空間を大事に。ヒートアイランドを避ける為、室外機の熱量の緩和も考え、屋上緑化、壁面緑化、バルコニー緑化の推進。樹木の保存の強化。空き地を苗床や花畑等に活用。パーキングを積極的に緑化し、車の排気ガスをを還元する装置としての緑化と土壌の改良。パーキングタワー、機械式駐車場は、景観と騒音に注意して、緑化及び色彩計画を進める。電線等のインフラ設備の地中化を促進。歩行者優先。コミュニティを育てる空間、立ち止まれる空間を大事に。高齢者、身障者、妊産婦及行動できる空間の計画(バリアフリー)。公共建築物は、災害時も考慮し、新しい代替えエネルギーの装置を積極的に採用(太陽電池等)。

1997年1月  ロンドンにて


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