景観にみる都市と農村の共生

奥貫隆

環境計画学科

環境・建築デザイン専攻



1.時間を堆積した景観

 琵琶湖を中心に、四方を比叡、比良、伊吹、鈴鹿山系に囲まれた滋賀県の景観の骨格は、300万年〜30万年前にかけての地殻変動を経て形成された。その後も、周期的な琵琶湖の水位変動や琵琶湖に流れ込む大小河川の氾濫がもたらす土砂の堆積、植生の変化によって、湖岸の景観は変わりつづけてきた。中世、近世を通じて、東海道、中山道等の交通の要衝として、陸路、水路を発達させ、大津、坂本、安土、彦根、長浜をはじめ歴史の舞台となった都市形成を実現してきた背景として、地理的要因とともに、湖国滋賀の類希なる景観の存在が大きかったと考えられる。江戸時代には、東海道五十三次のうち、土山、水口、石部、草津、大津の五宿が設けられ、生活、産業、文化の交流拠点として発達した。中国の名勝、洞庭湖の瀟湘八景にちなみ、近江八景がうたわれ、安藤広重の風景版画によって湖国の景観が東西に知られるなど、琵琶湖の湖水、四周の山容の存在は、県民の景観意識に対し、潜在的エネルギーを与えつづけてきたに相違ない。

 今、私たちが眼にする景観は、その中に種々の時間を堆積している。自然景観、農村景観、都市景観、そのすべてが、それぞれの時間の堆積の上に、今の姿を形成している。言い換えれば、すべての景観の中に、自然と人間の営みが記憶として埋め込まれているのである。私たちが景観を取り扱うとき、景観の持つ時間の堆積を意識するか否かによって、それ以前の時代の記憶を消し去るか、それとも新たな記憶として埋め込むことになるか、紙一重である。

 景観の記憶の破壊は、土地利用の混乱および建築、土木等、人工構造物の用途、形態の混乱が重なりあって増幅される。城下町など旧市街地は、地勢、水利、方位等に関して、都市構造としての必然性を有している。車社会への対応など、現実的問題を抱えてはいるが、その構造を維持しながら開発していくかぎりにおいては、都市の記憶を宿した都市景観の形成が可能となる。しかし、都市の外縁部、とりわけスプロール化した新市街地においては、土地利用の混乱と各種建造物等の混在によって、景観の記憶はおろか、記憶喪失の空間をいたずらに増大させる結果を招く。

 各地の都市でみられるこの現象は、皮肉にも1970年代、現行の都市計画法のもとに、市街化区域と市街化調整区域の線引きを行った時から、顕著となった。都市内農地に対する宅地並み課税の実施によって、都市的土地利用、特に宅地化を促進しようとするものであったが、行政、地主、開発資本の思惑が絡み、さらには行政の計画性の欠如と指導の甘さが、市街化区域の線引きの水増し現象を招いた。一説によれば、建設省が当初予測した市街化区域に編入される農地10万・が、実際にはその3倍の30万ha、全国の市街化区域総面積120万haの1/4に達したとされる。結果的には、農地の切り売りによるスプロールの助長と、さらには開発資本による調整区域への開発を誘発し、都市周辺の土地利用の一層の混乱を招いた。

 日本経済新聞社編集委員の井尻千男氏は、コラムで、「都市と農村は表裏一体、一蓮托生であって、農村が傷つけば都市も傷つき、都市が病めば農村も病む。」と指摘している。北イタリアや南フランスの農村景観と丘陵都市、山岳都市のつくりだすルーラルランドスケープを目にするとき、自然、農村、都市景観を一体のものとして認識する社会的風土が未成熟である日本の現状を思い知らされる。

2.景観秩序の回復

 戦後の高度経済成長期がもたらした都市の過密化と農村や自然の荒廃に、いかなる秩序を回復するかが、今、問われている。視覚を中心に、五感で認識する環境の一側面として景観を捉えると、その秩序を回復するためには、背景となる環境システムを解明することで、多くの手がかりが得られそうだ。とりわけ、大気、水、生物の循環系に着目し、都市、農村、自然の環境を見ることから、景観秩序の回復の構図が描かれるであろう。大気の汚染や乾燥、水収支や水質、野生生物の生息など、私たちが直面する環境課題は、目に見えないところでの環境システムの破綻が一因を成している。私たちは、そのことを景観秩序の喪失という形で、ビジュアルに認識することができるのである。

 環境をベースに、景観のあり方を解読するためには、景観地理学、景観生態学、景観計画学など、さまざまなアプローチがある。景観地理学は、景観を「地域の可視的、形状的側面」として捉え、景観生態学は、景観形成に係わりを持つ「気候、地形、地質、土壌、水、動植物」等の因子について、その相互作用および人間との係わりに着目し、景観計画学は、「景観を評価、解析、構築するプロセスと方法論」をベースに景観形成手法にアプローチするなど、それぞれ微妙に景観の取り扱いが異なる。

 いずれにしても景観の問題は、景観を形成する地域のあり方の問題として捉えるべきであり、景観を通して得られる情報を客観的な環境情報に置き換え、経験則や基礎データの上に自然景観、農村景観、都市景観のそれぞれが持つべき特性と相互の関係性を担保するシステムを構築することが、究極の課題である。

 滋賀県の自然、農村、それに加えて歴史景観を含む都市景観が、現在どのような状況にあり、近い将来どのように移り変わっていくか、きわめて微妙な時期を迎えているように見える。大津市、草津市、近江八幡市、彦根市、長浜市をはじめ周辺の市町村では、都市化の圧力がみなぎっている。研究、教育のフィールドとして、県内各地域を対象に取り上げ、景観計画の地平を切り拓いていきたい。


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関東平野の典型的な農村景観/茨城県新利根村


斜面緑地を除き、宅地化した農地/神奈川県横浜市


愛知川堤防から俯瞰する生産緑地景観。収穫前の大豆畑/彦根市本庄町


伊吹山系を背景に野田沼から見る、滋賀県立大学キャンパス景観/彦根市須越町