私と環境との関わり

西尾敏彦

生物資源管理学科


 私の研究テーマは「トマトのしり腐れ果発生に関する研究」である。農業の一分野である園芸作物生産にかかわる問題として、植物栄養・生理学的側面から取り組んできた。環境科学部に所属したことを機会に、私の研究テーマの環境学的意義について考えなおしてみたいと思う。環境や、それを科学する環境学に包括される部分は広い分野にわたり、それらへの関わり方や理解の仕方も人それぞれであろう。私は、地球上の生物が互いに調和を保ちながらそれぞれの生命をはぐくむことができるような周りの条件や状況が環境であり、それに関する科学が環境学であると考えている。

 トマトのしり腐れ果とは果頂部が褐変、壊死した症状を現した果実をいい、多くの場合、果実の肥大最盛期にその症状の発現が見られる。しり腐れ症状が発現すると果実の商品価値は全くなくなり、収量の著しい低下をもたらす。しり腐れ果は果実におけるカルシウム欠乏症であることは多くの研究により明らかにされている。しかし、原因が明らかになったにもかかわらず、いまだに確実な発生に対する防止策はない。それは発生の主要因であるカルシウムの植物体内での生理作用が十分に明らかにされていないことに加え、植物体によるカルシウムの吸収や植物体内での動きが、様々な栽培環境によって著しく影響を受けるという複雑さのためである。これまでの多くの研究によって、土壌中の窒素をはじめとする他の栄養素、土壌水分、温度、湿度、光などがカルシウムの吸収や植物体内での動きに影響を与え、その結果しり腐れ症状の発現も左右されることが明らかにされてきている。しり腐れ果はカルシウムという単なる一要素の欠乏症ではなく、トマトをとりまく栽培環境との関わりにおいて発現が左右される生理障害のひとつであると言える。しり腐れ果以外の各種の障害の多くも、作物の成長と栽培環境との不調和によるものと言えよう。

 植物が個体としての体をつくり、生命活動を維持していくためには、水分、炭酸ガス、酸素などとともに様々な栄養素を土壌から取り入れなければならない。自然界においては、植物、動物および微生物などが一連の関係を保ちながら、ひとつの生態系を作り出している。それぞれの生物が個体として、種族としての生命を維持するために他の生物の恩恵を受け、同時に異なる生物の生命維持に貢献するという関係である。言い換えれば、生命の循環であり、生命を維持するための物質の循環が成り立っている。植物の生育に必要な窒素、リン酸、カリ、カルシウム、マグネシウムなども生命維持のために必要な物質である。地球上に生命が誕生して以来、今日に至るまでその関係によって自然生態系が維持されてきている。

 一方、人類の始めた農耕は、一定の調和をもって維持されていた生態系に新たな関係をもたらすことになった。人は作物を栽培すること、すなわち耕起、施肥、灌水、栽培管理、収穫などの行為によって、自然界で循環していた物質を系外に取り出したり、自然界にはなかったものを加えたりすることになった。圃場に栽培されたトマト、ダイコン、ハクサイなどの野菜類については、収穫とともにすべての植物体部分を圃場から取り去るために、自然界に見られるような次の生物の生命へとつながる物質循環にはほとんど寄与しない。それどころか、跡地には利用しきれなかった肥料の一部が残存し、土壌の化学的組成に異変をもたらすこともある。したがって、栽培を続けるためには、奪った養分に相当する物質をを新たに後作のために土壌に与えることや、作物の生育しやすい土壌環境を準備する必要が生じてくる。栽培という人の行為が加えられた新たな生態系を維持していくためには、植物の成長に最も深く関わる環境のひとつである土壌環境のコントロールを常に行わなければならなくなった。

 農業が経済活動として位置づけられるようになって以来、効率的な生産を目指すために、土壌をはじめとする栽培環境のコントロール技術の開発が進んできた。農業における生産性の向上とは太陽エネルギーの効率的な利用であり、土壌からのより多くの水分や栄養素の摂取である。作物栽培は、施設化・機械化が進み多肥・多農薬栽培などエネルギー多投入が当たり前になり、その結果、生産性は驚異的に伸び、現在の豊かな食生活の実現に大きく貢献している。しかし、生産性が向上したとはいえ、投入されたエネルギーや物質をすべて食物として回収しているわけではない。むしろ、多くが作物に利用されることなく散逸したり、土壌に残存したりしている場合が多い。その作物に利用され得なっかったエネルギーや物質は、自然生態系とどうにか共存してきた農業生態系に大きなひずみをもたらす結果になった。

 化学肥料の多用などによる土壌環境の化学的劣悪化は、高塩類濃度、有害イオンの集積、あるいは有用イオンの土壌からの流失などとして現れている。栽培土壌の劣悪化は作物の栽培環境の劣悪化にとどまらず、河川や地下水への窒素の流失に見られるように、人も含めた多くの生物の生命維持に不可欠な水の汚染をもたらすことにもなった。自然生態系と密接な関係を持ちながら、人の衣食住に関わるあらゆる環境に貢献してきた農業ではあるが、近年、むしろ環境破壊に荷担する部分さえ現れはじめた。

 トマトが植物としての生命を維持し、種族の維持を果たすためには、適正な生育環境に置かれて

いなければならない。生育環境が不良な場合、トマトは様々な形でそれに反応する。たとえば、土

壌中のカルシウムが不足したり、窒素やカリが過剰になった場合、トマトはしり腐れ果発生という形で土壌養分のアンバランスに対する反応を示す。また、しり腐れ果の発生するような土壌は他の作物に生理障害をもたらすであろうし、上述の河川や地下水の汚染源にもなりかねない。トマトのしり腐れ果は人と自然の誤った関わり方のひとつの現れであるともいえる。トマトのしり腐れ果発生を防止するには、土壌中からカルシウムが吸収され、果実や葉のカルシウムを必要とする場所に運ばれ、組織の形成や生理作用のために利用されることを促すことである。そのためには良好な生育環境が必要であり、土壌環境も重要なもののひとつである。しり腐れ果の発生しない栽培環境作りは、人にとっても好適な環境作りにつながるのではないかと思う。

 現代の農業はその進んだ技術によりわれわれの食料生産をはじめ、衣および住に関わる好適な環境形成に大きく貢献してきたし、現在もその使命を果たしつつある。その一方で、自然への不適切な関わり方をしたことも事実であろう。今、そのことへの反省として、環境保全が人類の重要な課題となっている。農業、農学にたずさわるものとして与えられた課題は大きい。人やそれに深くかかわってきた植物や動物を、自然生態系へもとの形で戻すことはもはやできない。しかし、現代農業技術の進歩の過程を振り返り、人も含めた個々の生物がそれぞれの生命をはぐくめるような新たな農業技術の進むべき方向を見いだす努力はし続けなければならない。私自身、トマトのしり腐れ果発生の研究を新たな出発点として、生命が育つ環境作りに貢献できればと考えている。