環境問題と空間計画学の一つの接点

水原渉

環境計画学科

環境・建築デザイン専攻



1.人間と環境

 人間の肉体が自然的素材から構成され、自然環境で生かされているのに、その人間自身が自然環境を改変し、破壊していく。これは殆ど不可逆的に進行している。この様な危機的とでも言える状態に陥ってしまったのは、人間の頭脳が自然的条件を多面的に考慮しないという誤った方向へ進化してしまったためなのかとすら思える。

 現在の人間は、極めて希な、地球自体とこれを巡る環境条件の元での自然の進化(自然史)の結果、つまり物質の相互影響作用(広い意味での運動)の積み重なりの必然的結果として生まれてきた。この人間という存在は高度の自然対象への働きかけの能力を持ったものである(生産)。環境問題を問題として理解でき、行動に結びつけ得る能力もこれに属する。この能力は局面でみれば歴史的にも試されたものである。ここに希望がある。

 現在の環境問題は、しかし、従来の生産やそれを受け入れている社会の仕組みを超えた、総社会的な「新しい生産形態」の創出として意識されなければならないし、これまでの生産の根拠となる「価値」(交換価値と使用価値)について、資本主義市場経済での商品の概念に留めず、問い直していく必要がある。これは人間と社会の本来の姿を問い直すことでもあるように思える。

2.環境と空間

 空間は(広義に解釈した)物質そのものの姿であり同時に物質が運動する場でもある。放射線から大気汚染、騒音、あるいは住宅問題も含め、環境問題は、空間の中で展開しているが、これは人間にとっての空間そのものの問題でもある。

 もちろんこれらの運動には自然の階層的・個別的特殊性が存在する。ここで扱おうとしている「空間計画」という分野は、人間や他の生物が生存し、実体として捉え得る空間を対象としている。つまり住居・建築、街区・集落、都市、自然地、地域などといった形で把握されるこれ自体が階層性をもつ「空間系」である。空間としての共通項でくくられながらも自然の階層性から言えば中位に位置する空間である。

3.自然生態系の人間生活の場に対する意味

 自然生態系は人間の生活にとって重要な意味をもっている。いわゆるヒートアイランドに典型的にみられる都市気候問題に対しこれを改善していく有効な存在だろうし、自然的緑地は人間の成長過程での自然学習の場、強いストレスを与える現代社会の影響に対する代償機能、更には日常的なレクリェーションの場としても重要である。

 しかし例えば都市の緑は大気への湿度供給機能があり大切だとされているが、「日本の湿気の高い夏に、それがどの様な意味を持つのか。自然生態系は確かに都市気候の改善に役立つが、それがはるかに多くあったはずの江戸時代の都市でも今とあまり変わらなかったのではないか、その意義は大きいのか」との疑問もあるかも知れない。また「蛇も蚊も大切にしなくてはならないのか」と思う人もあるだろう。この様な点も自然生態系の保護・保全の課題と無関係ではないし、課題と取り組みながら考えていくべき事柄だろう。

 いずれにせよ、自然生態系の保護・回復・発展は、人間の生活環境改善から地球環境に与える影響に至るまでの幅広い視点でみる複合的・総合的な課題であるので、その課題の組立て方と個々の課題の位置づけ方が重要である。

4.空間計画と自然生態系

 いずれにせよこれからの都市・農村計画では自然生態系の維持はますます重要になっている。自然生態系は、「水、土壌、大気、そして動植物」の様な自然的要素が、「人為的な改変・影響」を受け相互規定的に関係し合いながら全体的に一つのものとして成り立っているものである。これらは空間を媒介にして行われている。この空間は基本的に地球表面に近い非常に薄い範囲に限定されるものである。自然生態系も含む環境の問題はその性格から空間的な把握をする必要がある。これは環境問題とその改善のための総合的対応という課題解決に向けての一つの視点だと考える。

5.空間系の構造をどう捉えるか−その1

 これには、対象が非常に複雑な大規模の系であるので、広域レベル、都市・農村レベル、更には自然地・市街地・集落レベルやもっと小さな範囲のレベルなど「階層的・単位(あるいはユニット)的な捉え方」が、一つの有効な手がかりを与える。それぞれのレベルにおいて環境影響要素は種々の単位内で、あるいは単位相互間で影響を及ぼし合っていると考えられる(下図)。


6.空間系の構造をどう捉えるか−その2

 上記の単位性・階層性は同一レベルでの捉え方であった。しかし、環境の要素(環境媒体)は大気・水・土壌などであるが、これらを捉えようとすれば垂直的な把握が重要となってくる(環境要素の重層性)。

 地表面の土壌や植生、そして動物相との関係など自然保護の視点からも重層把握は重要であるが、市街地的な用途とこれら自然的要素との関係(都市内の緑地・自然、大気汚染も含む都市気候に与える影響、地下水と地面遮蔽、好ましい建築形態など)を構造的に把握し計画をする上での地域診断と"自然の発展"対策の基礎として大きな手がかりを与えてくれると考える。

 尤も、これが地域計画的な手法として成立するためには幅広い調査と、その結果と対策手法を対照させた計画基準の整理が不可欠であり、これは都市計画専門家だけで行えるものではなく、幅広い自然科学分野などからの協力が求められる(下図)。


7.おわりに

 環境問題を考えるとき、これまでの拡大指向から、分節化された小単位の構成へ基調を転換することは重要である。空間計画学的にもここで述べたこと以外に小さな自立的単位と広域的構成なども検討していく必要がある。