土壌学・生態学・環境学

久馬一剛

生物資源管理学科


 土壌学と生態学:地球上にはツンドラから熱帯降雨林まで各種の陸上生態系が、大まかには気候帯に沿って分布するし、またそのそれぞれには自然生態系からいろいろな程度に人間の管理を受けた管理生態系(農耕地、放牧地など)まで多様な変異が存在する。これらの陸上生態系はいずれも立地の環境要素によって規定された土壌を基盤として成立している。例えば、ウクライナの半乾燥気候下のステップ(丈の低い草本からなる草原)は、氷期の風成堆積物であるレスの上に発達したチェルノーゼム(黒土)に支えられているが、これは有機物に富む黒くて深い表土と、そこに生息する多くの動物の活動によって特徴づけられる肥沃な土壌である。しかし同じレスから発達しても、ロシアの北方針葉樹林(タイガ)の下では、降水による強い洗脱を受けカルシウムやマグネシウムなどの塩基類や粘土が表土から失われた肥沃度の劣るポドゾル(灰白土)が生成する。

 このように、陸上生態系のそれぞれは、特徴的な土壌をもっており、この土壌によって系が規定されている側面と、系が土壌の生成を規定している側面の両方が分かち難く認められる。つまり、植生を中心とし土壌を環境要素の一つとしてそれらの相互作用系を考える生態系の概念と、土壌を中心に置き、植生をも含めた環境要素との間の相互作用が土壌を生成すると考える土壌観とは、同じものの表と裏を見るような関係にあるといえる。

 もう少し具体的に土壌のでき方をみてみよう。手塚(1961)は伊豆大島でいろいろな年代に噴き出した熔岩の上に土壌が形成され植生が発達していく過程を、熔岩の噴出年次に従って追跡したが、それによると、熔岩が風化して砂質の砕屑物をため、砂漠的な景観を作りだすまでにほぼ200年かかっている。そこに先ずはイタドリやスゲのような草本植物がとりつくと、枯れた植物遺体が砂の中に入って有機物がたまり始め、それを利用する動物や微生物が住み着き、少しずつ生物の住処としてより好適な培地に作り変えていく。その結果次の段階では新しい培地によりよく適応した生物種が優占するようになり、草本からヤシャブシなどの潅木林へ、そこからさらに落葉広葉樹林へと、いわゆる植生遷移の階梯が進むことになる。そして、1000年以上もの時間の中で、植生の遷移につれて土壌はより深くかつより肥沃になり、大島の気候に最もよく適応した常緑広葉樹(ツバキ、シイ、タブなど)主体の森林を育てるまでに発達するのである。

 ここに述べたような植生の遷移に伴う土壌の形態的な発達過程を図1に、また土壌中への有機物や養分の蓄積過程を図2にまとめてある。図には直接示されていないが、土壌の深さと土壌有機物の量とから、土壌の保水力の増加も読み取れる。

 安定な陸上生態系の成立過程が土壌の生成過程とパラレルであることが上の例から理解されよう。土壌学と生態学との関連は、本来このように密接なのであるが、そのことが見落とされがちなのは、現代の土壌学が自然生態系よりも農耕地や草地のような人為によって改変された管理生態系の土壌問題、特にその生産力を中心とした問題の教育・研究を行うことが多いためであると考えられる。

 土壌学と環境学:人為による管理の不適正が環境問題の基にあるとすれば、現代の土壌学は必然的に環境に関わる学とならざるを得ない。そして、不幸なことに、土壌管理の不適正が地球規模でも地域規模でも重大な環境問題となっている例は枚挙にいとまがないといわねばならない。

 乾燥気候下での人為に起因する広汎な土壌退化現象は砂漠化として憂慮されているし、不適正な潅漑に起因する土壌の塩類集積は、メソポタミア文明の崩壊という歴史的な教訓にもかかわらず、今も年々100〜200万ヘクタールにも及ぶ農地減少の原因となっている。

 休閑期間の短縮によって崩壊の危機に瀕している熱帯発展途上国の焼畑も、集約的な単作農業の果てに土壌侵食によって表土を失い、水質汚濁や食品の安全性問題に悩む先進諸国の現代農業も、外見の大きな違いにもかかわらずともに過耕作によって土壌生産力の退化を来したものといえる。

 農地開発のための森林破壊が土壌有機物の損耗をも伴って温暖化の一因となっているし、畜産廃棄物の処理や化学肥料の施肥の不適正が酸性雨となって土壌生産力の減退にはね返ってきている。

 これらの土壌生産力の退化現象のすべてが、管理技術の問題であると同時に、人間の社会的・経済的な行動様式とも不可分であることから、土壌学の環境問題との関り方は、よりホーリステイックな環境学的アプローチとならざるを得ない。

 陸上生態系/生物圏における土壌の機能:環境の学としての土壌学的研究を進めるにあたって、地球上で土壌が果たしている役割をもう一度確認しておこう。

1.生産者として陸上植物の生育を支え、それを起点とする食物連鎖によってすべての陸上生物を養っている。

2.分解者として生物の遺体や排泄(廃棄)物などの有機物質を分解し、元素の生物地球化学的循環を司っている。

3.地球上の水循環の重要な経路となって水圏の生物の生育や物質の循環を調節する上で大きな役割を担っている。

4.大気圏との間でガス交換をし、大気組成の恒常性の維持に寄与している。

 1と2は陸上生態系における土壌の機能として最も基本的であり、生産者としての土壌は食物連鎖の末端に連なる人間の生存にも強い関りをもっている。また、生態系のもつ最も重要な機能の一つである元素の生物地球化学的な循環も、土壌の分解者としての機能に大きく依存している。

 大気圏・水圏・岩石圏の接点にあって生物の生息する圏域を生物圏とよぶことにすると、上の3と4は陸上生態系の範囲を超えて生物圏における土壌の役割というべきであろう。土壌はまさに生物圏の要に位置し、生物の生存を支えながら、生物圏のホメオスタシスの維持に重要な機能を果たしているということができる。

 現在の地球環境問題の多くは、この陸上生態系/生物圏における土壌の機能にかげりが見えていることと結び付いている。それは、適切な管理の下では本来永続的に機能するはずの土壌が、人間の誤った管理の結果、有限の資源になろうとしていることを意味しているといえよう。


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図1 伊豆大島の火山噴出物上における土壌断面の発達

A(噴火後200年)〜H(噴火後1200年)は時間系列

図2 伊豆大島における火山噴出物起源土壌の養分集積過程

A(噴火後200年)〜H(噴火後1200年)は時間系列