環境科学としての建築構造学

小林正実

環境計画学科

環境・建築デザイン専攻

 私の専門は、建築物にはたらく荷重を支える骨組の設計や解析を行う建築構造学です。資源エネルギー問題、自然環境問題等の地球環境問題への関心が高まる中、建築構造学の分野においても環境問題を意識して取り組まなければならなくなりました。ここでは、環境科学との関連をテーマとして、今後の展望を踏まえて、建築構造学について述べていきたいと思います。我々が環境、特に自然環境と言う場合、次のような2つの分け方ができると思います。1つは、台風、地震などの人間に対しての脅威としての環境で、“強い”環境とでも言えます。もう1つは、地球環境問題におけるような保護していかなければならない環境で、“弱い”環境とでも言えます。以下で述べるように、建築構造学はこれら環境の2つの面と深く関わっていると言えると思います。

1.建築構造学の役割

(1)安全性

 わが国は、環太平洋火山帯に属し、4つのプレートがぶつかり合う世界有数の地震国であり、また、台風の被害を受けるため風荷重も大きく、さらに、高温多湿で雪が多く、諸外国と比べて極めて荷重条件の厳しい環境にあると言えます。したがって、建物の設計に当たっては、これらの様々な荷重に対する安全性の確保は最重要の検討事項となります。教育制度にも反映されており、わが国では諸外国と異なり、建築系の学科の多くが、工学系の教育機関に置かれ、構造系科目の教育に相当の時間が割かれています。

(2)経済性

 強度を満たした上で、そのための最小の断面寸法を求め、材料の無駄を省き、低コスト、省資源を行うことも重要な役割のひとつです。また、H形の断面が能率がよいことやアーチや吊り部材等(形態抵抗構造)が合理的であることは力学の知識から導かれますが、これらも省資源につながります。省資源は省エネルギーにつながります。地球温暖化の原因のひとつである CO2 の発生量のうち建設分野からの量が大きな割合を占めていることはよく知られていますが、建設工事にかかわるものだけで全体の約6分の1にもなると言われています。また、廃棄物問題が深刻化していますが、産業廃棄物に占める建設廃材の割合が高いこともよく知られています。よって、建物の省資源化は、色々な面で環境負荷の減少に大いに貢献することになると言えます。

(3)芸術性

 最近、国内各地で様々な形態、形式の大空間ドーム建築が、また、バブル期の頃から高さ200mを超える様々なデザインの超高層ビルが大都市圏に次々と建設されてきました。これらの大規模構造物については、精密な応力解析を行わなければならないのと同時に、それを支えるための合理的な骨組を考えなければなりません。コンピュータのハードウエアの飛躍的な発達、ソフトウエアの対話性の向上等により、今では、これらの作業は、画面上(仮想空間内)でのシミュレーションによって、容易に行えるようになりました。美しいデザインを支える技術としての役割もあります。

2.これからの構造設計

 これからの時代に対応して、建築設計には以下のような条件が要求され、建築構造学の役割はますます重要になってくると思われます。

(1)信頼性

 これまでの構造設計の考え方は、人命を守るため、建物の損傷は許すが、崩壊は防ぐというものでした。ところが、先の阪神大震災では、建物の被害もさることながら、防災施設やライフラインの機能が停止し、大変な被害を招いてしまいました。このような防災上重要な施設については、いかなる災害が起こっても、機能を維持しなければならず、より厳しいクライテリアの下で、信頼度の高い設計を行わなければなりません。また、例えば、超高層ビルについて言えば、地震により損傷を受けエレベーターが使えなくなってしまったら、建物の機能を果たさなくなり、そのまま巨大な粗大ゴミとなってしまいます。損傷を受けてはならない、高い信頼性が要求される建築物は他にもたくさんあり、構造工学の重要性はますます高まると思われます。

(2)省資源、省廃棄物

 これからの時代は、設計に当たって、省資源、省廃棄物がより厳しく要求されてくることは明らかであり、そのためには、建物の長寿命化とリサイクルの徹底が方法として考えられます。

 建物を長持ちさせるためには、材料の経年劣化に対する耐久性能を高めると同時に、それだけ大地震に遭遇する確率も高くなり、耐震性能を高めることも必要になります。また、建物の用途変更などにも柔軟に対応できるよう、柱や耐震壁の合理的な配置を考えなければなりません。

 主要な構造材料のうちで、鉄鋼は埋蔵量も多く、リサイクル技術も古くからの蓄積がありますが、コンクリートは再利用が困難と言われ、現在活発に研究が行われています。コンクリートには、セメント製造時の CO2 排出問題等もあり、リサイクルは、環境負荷の低減に大変有効です。

(3)個性的なデザイン

 少子・高齢化社会への移行により、高齢者の多様なニーズに応えられるよう、これからますます多品種少量生産型産業が伸びてくると言われます。今まで以上にオリジナルな商品、オリジナルなデザインが求められてくると思われます。また、金融ビッグバンに代表されるように、国内市場開放が迫られている中で、国際競争に勝ち残っていくためにも、こうした傾向は強くなっていくと思われます。こうした要求に合わせて、新しい構造技術を開発していかなければなりません。

(4)免震、制振

 最近、免震マンションがはやりですが、免震とは上部構造と基礎との間にゴムやころをはさんで上部構造に地震動を伝えないようにする方法のことです。また、制振とは、付加質量により建物の固有周期を変化させたり、粘性を持ったダンパーの抵抗や薄板の変形によって外乱のエネルギーを消費させる等により、上部構造の揺れを抑える方法です。いたずらに上部構造の強度を上げることなく耐震性を確保することができます。また、既存建築物の耐震補強の方法としても有効で、最近盛んに使われています。免震、制振技術の採用により、より耐震安全性が高くなり、省資源化が可能で、デザインの自由度も高くなることから、これからますます注目されていくと思われます。

 以上述べてきたように、建築構造学は、安全で安心できる生活環境を創り上げるための学問であり、また、省資源省エネルギー設計により地球環境問題を解決するための学問、所謂サステイナブルデザインの1分野であるとも言えると思います。

 昨年、ある工科系の学校の卒業式で在校生の代表者が、送辞の中で、日本海での重油流出事故を取り上げ、ものを造るということはものを壊すことと表裏一体であると述べていたのが、今でも強く印象に残っています。全くその通りで、古代の昔から、文明の発達は自然を切り開くことによって進められてきたと言えます。そして、それが、今になって、地球環境問題を引き起こすことになってしまいました。建築構造学も、ものを造るための学問ですが、自然破壊と表裏一体であることを常に意識して進めていかなければならないことを強く印象づける言葉のように思えました。