「環境」と「土壌間隙の研究」について

岩間憲治

生物資源管理学科



1.環境問題と土壌の関係

 最近、環境問題に関する関心は高く、その幅も全地球規模から身近な住環境にいたるまで多岐に渡っている。これらのほとんどは物質やエネルギー循環に起因しており、とりわけ水循環が変化した場合、人間が生活する場に深刻な影響を及ぼす。その中で土壌に関連したものでは、例えば重金属や有機溶媒による土壌や地下水の汚染、農地などに散布される肥料や農薬が排出されて生じる湖沼や河川の汚濁、乾燥地などで不適切な潅漑により生じる塩類集積など様々である。これらは、いずれも土壌の物理的性質である透水性や保水性に強く影響されている。この土壌中の水分の動態は、土壌間隙形状に左右されると考えられる。

 一方、土壌間隙は、土壌中も含めたその土地の生態系に大きく影響しまたその影響を受けている。例えば、ミミズ、ヤスデ、ダニなどの土壌中の小動物にとって、土壌間隙は生活する空間である。植物にとっても、根(毛)が生長する空間であり、またその根毛が吸収する水分や養分が存在する場所ともなっている。

 間隙の生成要因は、様々である。生成の初期の段階では、土壌の母材である岩石が温度変化や水分の膨張・収縮などの物理的な風化作用により細かく砕かれて隙間が生じる。その後、水和作用や酸化、易溶性成分の溶出などの化学的な風化作用が加わって岩石はより細かくなり、土壌間隙もそれにしたがい小さくなる。さらに、生物的な風化作用が加わると、その土壌の性質は大きく変化し、様々な間隙形状が形成される。例えば、先述の動植物の活動による影響から、数十μm〜数mmの大きさの円筒断面状の間隙が発達すると考えられている。また、土壌中の水分状態の変化に起因する膨潤・収縮により亀裂状の間隙が形成され、モグラなどは数・以上の大きさの間隙をこしらえる。

2.土壌間隙構造把握の重要性

 土壌中の水分の挙動について考えてみる。例えば、間隙の断面が大きいほど、そして断面形状が円形に近く単純な形であるほど水分は流動しやすい。だが、断面の大きな間隙が連続していても途中に断面の小さな間隙が存在すれば、そこがボトルネックとなって水分の流動を妨げることになる。また、間隙が途中で分岐する場合、そこでの水分の流れは分岐先の間隙の流動しやすさに応じて分流すると考えられる。一般的に間隙は、お互いに分岐・交差して三次元ネットワークを形成する。土壌中の水分の動態を解明する場合、本質的にはこのネットワーク形状を求める必要がある。

 次に土壌中の生態系について考えて見る。土壌中の生物にとって、土壌間隙は生活空間である。その空間の形状にしたがってそれらが行動・生長する。逆に前述の通り、動植物の活動にしたがって間隙は形成される。その結果、土壌中の生態系を解明する場合、間隙構造に関する情報はとても重要だと言える。

3.土壌間隙構造の定量化への試み

 通常、土壌内部の三次元構造を肉眼で直接観察することは、不可能である。このため、土壌が持つ様々な性質のうち、透水性や保水性などといった土壌の間隙形状に大きく起因すると思われる性質を調査・研究する場合、土壌内部は言わばブラックボックスとして取り扱われる。そして、例えば実験条件の変化に対してどのような反応を示すかを表した実験式やグラフを求めてみたり、あるいは土壌試料を細かくくずして間隙を形成する土粒子の粒径分布を求めることでその関連性が調べられてきた。また、土壌間隙を毛管束と見なしたりあるいはフラクタル理論を応用してモデル化し、解析された研究も多い。しかし、土壌間隙そのもののデータが得られていないため、土壌の性質を解明する場合に限界が生じてしまう。

 土壌を不撹乱で採取した場合、その土壌断面上に間隙が現れる。そこで、その土壌断面を視覚的に調べて、間隙構造を評価し、透水性や保水性などの物理的現象を把握しようとする研究も数多く行われてきた。この場合、供試土壌を樹脂などで固めて薄片を作成し、岩石顕微鏡などで視認・測定したものが多い。例えば、間隙の形状や大きさあるいは間隙の位置を求め、その分布から土壌が持つ様々な性質を評価しれてきた。また、断面の凹凸そのものを対象にした研究も報告されている。しかし、これらはその計測が人手に頼った単純作業である場合が多く、またその作業量の膨大さから供試土壌を数多くこなすことが難しい。また、間隙は目視で認識するため得られた結果が恣意的なものとなり、データの信頼性に問題が生じる。

 画像処理装置あるいはコンピュータによる画像処理は、単純(くり返し)作業に強く、素早くかつ正確に行なうことができる。近年、コンピュータ技術の進展が著しい。このため、目視に頼った従来の測定法にかわり、画像処理装置にて自動的に対象物を計測する手法が開発されてきた。土壌物理分野での画像処理技術を用いた研究は、1970年代から進められてきた。そこでは、土壌断面の微視的な形態に関して様々な解析がされてきており、間隙の構造的な特徴を定量的かつ精密に解析できるようになった。しかし、この場合でも、土壌の断面と言う言わば2次元のデータを介して3次元の間隙構造の役割を探ることになり、解析する上での限界が生じる。

4.X線による土壌間隙構造の画像化

 電磁気やX線や中性子線などの放射線を用いて物体を非破壊で検査する技術が進展するにつれて、その内部構造を直接観察できる様になり、その物体が持つ様々な現象を解明する上で有用な手段となりつつある。土壌物理学の分野でも、CTやX線撮影などにより土壌構造そのものを解明する研究が行われている。

 上に示した写真は、滋賀県で採取した深さ50cmの水田土壌に対して造影剤を注入して撮影したものである。立方体に採取した土壌の一辺の大きさは約5cm、写真下向きが深さ方向である。間隙のほとんどが管状であり、その主なものは深さ方向に下に伸び、それより細い間隙が水平方向に接続する様子がわかる。これは水稲根が腐朽した結果と考えられ、他の水田土壌でもほぼ同じ間隙形状を示す。一方、牧草地や畑地土壌では、別の姿を示し、植物根と小動物相互の活動によると考えられ、形状は水田より複雑で太さも不揃いである。

 さて、ここに示した写真から、間隙の三次元構造を求め、間隙と透水性や保水性と言った土壌の物理的性質を定量的に評価できないだろうか。これは、現在の私の主な研究テーマである。簡単に紹介すると、土壌をX線でステレオ撮影したうえで画像処理装置に取り込み、いわゆる写真測量と同じ要領で間隙の三次元座標を求めて、透水量を計算する。透水試験で得られる透水量と比較することで、間隙形状の影響の評価を試みている。また、透水試験中に造影剤を流してビデオ撮影することで、水分は主にどの間隙を優先的に流れて行くかがわかる。これらの研究は始まったばかりであり、間隙は土壌の性質にどのように影響し土壌生態系にどんな関係があるか、興味は尽きない。


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