生物資源管理学科の教育的アウトプット

重永昌二

生物資源管理学科長



1.生物資源管理学科設置の理由

 滋賀県が抱える様々な環境問題を自然と人間の営為との関わりの中で総合的に把握する教育を学部段階から進めようとして環境科学部が設置されたのであるが、その学部を構成する学科の一つに生物資源管理学科が設置された。その理由は、環境問題を研究の対象として捉えようとする場合に、その問題が生起している場が純然たる自然系でもなく、人工的な社会環境系でもない、いわば半自然系とも言える農業環境系が存在し、専門科学の分野としては農学の方法論によって研究を進めるべき対象が存在することである。これを農学科と呼ばずに生物資源管理学科と呼んだのは、農学そのものを教育研究するのが目的ではなく、環境科学を打ち立てこれを教育研究することが目的であって、その中でとくに農業環境系を中心に追究して行く分野だからである。そしてこの学科を設置するに当たっては、滋賀県立短期大学農業部の46年間の蓄積を活用しながら上記の目的に沿った方向に改組転換し、環境科学部の基幹の一つとする方法がとられた。これにより短大農業部の農学科、農業土木学科、農業経済学科という編成を解き、本学の生物資源管理学科では生物資源生産および生物資源循環の2つの大講座に編成された。なお本学科教員20名のうち15名が短大農業部より移行した。

2.本学科の教育研究理念

 現代の農業は化学肥料、農薬、機械の開発進展により生産力を著しく高めることに成功したが、一方では環境に対する負荷を増し、持続的発展への展望についてはむしろ再検討を迫られている。すなわち農業生産と環境保全の両立が大きな課題となっている。このため自然環境への負荷が少ない、生態系と調和した持続的な生物生産システムのあり方を教育研究する学科として本学科が設置されている。

 いわゆる近代化された農業はエネルギー多投入型であって、この特徴が強調されると農地生態系では自然の生態系とは異なり、種の単純化や栄養段階数の減少など不安定な生態系が形成される。このような不安定な生態系を維持するために、さらに多量のエネルギーの投入が必要になるという、悪循環を繰り返すことになる。多量のエネルギーの中には化学肥料や農薬があり、これらは農業排水を通して自然水系に流れ込む。これは環境保全の視点から矯正されなければならない。正に環境問題が文明の影響として出てきている典型の一つがここに見られる。レイチェル・カーソンの指摘以来30年経った今日、世の中の流れは変わったとは言え、現在もなお経済優先の考えは変わっていない。経済と環境の両立はどのような形で可能なのか。このような観点からみたとき、環境科学における生物資源管理学が果たすべき役割は極めて大きいことがわかる。

 本学科では動植物の資源管理、育種と生産技術、病虫害管理、土壌・水管理など、環境保全に適合した生物資源生産の基礎技術のほかに、生物生産に必要な各種資源の循環利用技術および経済システムに関する教育研究を行っている。そして持続的農業の実現と環境浄化に向けた生物資源の利用・管理のあり方について、新しい視野と知識・技術を身につけた人材が育つことを狙いとしている。


3.教育内容の特色と卒業後の進路

 生物資源とそれを取り巻く環境との相互関係を深く理解できるように、基本的な科目として応用気象学や植物生化学、遺伝学、分子生物学などの科目を配当している。

 また教育研究分野を生物資源生産と生物資源循環の2分野に分け、生物資源生産分野ではバイオテクノロジーの導入を含む植物資源管理学、土壌資源管理学、植物病害防除論、害虫管理学などの科目を、また生物資源循環分野では比較農業経済学、水資源利用学、生物資源循環論などの科目を配当している。

 これらを通して生態系と調和し、その再生機構を活かした生産技術、水資源の最適利用や有機物等の資源の還元利用の技術、地域に適した農業生態系の形成を目指した食糧・農業資源の生産ー流通ー消費ー廃棄のリサイクル化や、それらを支える農業政策などについて教育研究を行っている。

 また、実地教育を重視し、学部共通必修科目の環境フィールドワークや圃場実験施設における野外実験に重点を置くとともに、積極的に学外の生産現場等へ出かけ、農業生産とそれによる環境影響の実態を実地で把握し、解析調査するように努めている。

 卒業後の進路としては、関連専門分野の大学院への進学のほか、農業関連産業や農業経営組織等の技術者や一般職、農業試験研究機関の研究職や技術開発職、行政の技術職・一般職・農業改良普及員等、バイオテクノロジー関連企業や食品製造業などの技術職、技術開発コンサルタント、情報産業や情報サービス機関の環境・生物資源分野の専門職、教員(高校の理科・農業、大学の農業環境研究部門)などで資源管理のスペシャリストとして活躍することが期待される。

4.期待と願望

(1)本学科から育つ専門家像

 生物資源管理学は、従来の専門分野としては農学である。しかし本学科が目指すところは、近年の農学一般が目指した生産効率一辺倒とは異なり、環境調和型で持続的な農業のあり方の研究およびその創出である。したがって、卒業後専門分野で職に就く場合にはやはり農学の分野であるから、環境に関する諸科学を総合的に理解し身につけると同時に、専門的な農学の知識や技術を身につけることを学科の教育目標とする。

 別の言い方をすれば、農学という専門科学の上に立ちながら、他分野の専門科学の中の環境に関する知識をも統合した上で、環境科学の専門家として通用する人材が育つことを期待している。すなわち、蛸壺式に従来の専門分野としての農学に閉じこもったり囚われたりすることなく、常に広い視野から環境の動態を的確に捉え、そこに生ずる問題を解決できる力量を身につけた新しい専門感覚の専門家が輩出することを期待したい。

 当然のことながら、卒業生が県内に限らず日本全国、あるいは国際的な職場でも活躍してくれることを望んでいる。そして、卒業生の活躍現場での経験が本学へフィードバックされて、さらに新しい環境学の教育理念を生み出すような循環系が生まれてくれればと願っている。

(2)自然を肌で感じる生活体験を

 人間がもっと水や森林原野や土と接する機会を増し、自然の優しさや恐ろしさを自ら体得すると同時にこれと並行して自然の法則性を知識として獲得する生活が軌道に乗らないと持続的な発展はあり得ない。自然から離れ、単なる借りものの情報だけで自然現象や物事の判断を下す傾向は、今後社会の情報化が進めば進むほどひどくなると予想され、その結果誤った判断の方向に導くことになり勝ちだからである。人間が自然と接することによってわれわれも自然の一部であることを理解できたときに初めて、自然の美しさや優しさへの愛情も、また恐ろしさや厳しさに対する畏敬の念も湧くのではないか。ここで言う自然とはレジャーランドのような作られた自然ではなく、規模の大小はともかくとして、できるだけ人の手がつけられていない、ありのままの自然である。人間がこの自然を十分理解しないままこれを間違って私物化すれば自然は死に絶え、やがて人間も生き続けられなくなる。したがって、人類存続のためには自然の豊かさを持続させ、自然との共生しかない。自然との共生と一口に言っても、その実現は多様であり、またそう生やさしいものではないだろう。そのために、まだわれわれが知らない自然の本性と共生のありかたについて大いに研究する必要がある。この考えかたこそ生物資源管理学科で学ぶ者の基本であると思っている。